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みくちゃんと<蛾>

みくちゃんは虫が大嫌いです。
虫をちょっと見ただけでも体は恐怖で硬直し、まとも――以上―に機能するのはただただ声帯のみ――なんてことになってしまうのです。

そんなみくちゃんが夕食後のある夜、あとかたづけをするお母さんのそばで弟のりく君と一緒にテレビを見ていたときのことでした。
外から蛾がとびこんできたのです――。
みくちゃんはもちろん悲鳴をあげましたが、みくちゃんほど虫嫌いではないりく君も、蝶類だけは別なために、台所はパニック状態に――。

「お母さん!お母さん!」

みくちゃんとりく君は必死でお母さんに助けを求めました。

洗いものの最中だったお母さんは、「ちょっと待って待って……」と慌てて手を拭いています。
みくちゃん達の母親であるお母さんは、それだけで結構大変なのです……。

そこに向こうの居間でテレビを見ていたお父さんが現れました――。

「何を大声で騒いどるんやっっ!!」

そうみくちゃん達を怒鳴りつけてきました。

いつもの如く、鬼の形相です――。

***

「だって蛾が……」

そう答えながらもみくちゃん達はこの先どうなるのか不安でした。
お父さんが何にどんな風に怒り出すのか、神様だってわからないほどなのです。
また殴られるのかも……と、虫とは別の恐怖がこみ上げてきます。

そんなみくちゃん達の思いを知ってか知らずか、部屋を見回して<蛾>を見つけたお父さんは、あっさり<蛾>を捕まえてしまいました。

しかしここでまだ気はぬけません――。
みくちゃん達のお父さんは、子ども達のために優しく虫をとってくれるような人間ではないのです。

やはりというか何というか、お父さんは、

「こんなものが怖いんかっ!こんなものが怖いんかっ!!」

と蛾をつかんだその手をつきだしてはみくちゃん達を責め立て始めました。

ですがそういわれても、怖いものは怖いのです――。

「怖いです……」

そんなみくちゃん達をじっとねめつけたまま、お父さんはタンスの上のライターを手にとりました。

何をしようとしているのかわかったみくちゃん達がぞっとしたのも束の間、案の状、お父さんはライターに火を灯し、その指から逃れようと暴れている<蛾>に火を近づけていきます。

「やめてやめてお願い……逃がしてあげて」

三人そろって恐怖に震え、懇願しましたが、お父さんはみくちゃん達を睨みつけたまま、蛾に火をつけてしまったのでした。
あっという間に炎に包まれていく蛾を前にして、みくちゃん達は声も出せません――。

そのうち大きくなった炎の熱さに耐えきれなくなったお父さんは、キッチンテーブルの上の灰皿に蛾を投げ入れました。
そしてその灰皿を、みくちゃん達の方へ押しやってまできたのです。

「ひっ!!」

みくちゃんもりく君も、灰皿の中で燃え尽きていく蛾を、ただただ見ているだけでした。

「どうして……」

つぶやくみくちゃんに、

「お前らが騒ぐからだろーがっっ!!」

そうたたきつけるように怒鳴り放ったお父さんは、そのまま二階の部屋へと去っていきました。
あとに残ったのは恐怖にすくみあがっているみくちゃん達三人と、灰皿の中の蛾だけ――。

***

みくちゃん姉弟には、今起きたことも死んだ蛾も、もう怖くて怖くてなりません。

「お……お母さん……」。

助けを求めるようにお母さんを見ます。

何かをこらえているようなお母さんでしたが、ただ黙って灰皿を取り上げ、蛾の死骸と灰皿を綺麗にかたづけていきました……。
お父さんの<奥さん>であるということは、みくちゃん達の母親である以上に大変なことなのかもしれません。

 神様お願い、助けてください……。

みくちゃんはいつものように神様にお祈りします。
でも、そんな願いを叶えてくれる神様などいやしません。

そしてそれはみくちゃんにも、重々わかっていることなのでした――。

おわり

★ちょっとYouTubeで朗読をはじめてみました。素人なので、<音読>になっちゃってますけど……(;´∀`)。


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