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【連載】『わたしが推した神』ACT1-6 ディアギレフPのオーディション

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 それから間もなく。
 ロモラは音楽評論家ルートヴィヒ・カルパートのあとについて、ホテル・ブリストルのレセプション・ルームに足を踏み入れた。

 ディアギレフは構想のメモがぎっしり書き込まれた黒い手帳を閉じ、椅子から立ち上がると、にこやかにふたりを迎え入れた。

 もちろんきょうの本題は、カルパートとの芸術談義だ。しかしディアギレフの興味は、むしろ「口実」として現れた若い娘の方に向いていた。
 彼は女性ファンと交友するのが好きだった。世界各地のファンと仲良くなったおかげで、バレエ・リュスの運営資金をたくさん獲得できたし、ミシア・セールのような大親友もできた。
 さて、いま緊張した面持ちで歩み寄ってくる「ブダペストのお嬢さま」はどうか。自分にとって、あるいはバレエ・リュスにとって、どんな存在になってくれるだろう?

 カルパートと握手を交わしながら、ディアギレフは、その背後に淑やかに佇んでいる娘の顔を盗み見た。

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「ブダペストのお嬢さま」──ロモラ・ド・プルスキー、21歳。
 母親はハンガリーが誇る大舞台女優、エミリア・マルクス。
 父親のカーロイ・ド・プルスキーは美術の専門家。プルスキーといえば、ハンガリーを代表する名士の苗字だ。去る19世紀には、ハンガリーの民族独立運動にも貢献した一族である。
 ニジンスキーも、パトロンのミシアも、父親がポーランドの独立運動にかかわっている。東欧の文化人の家庭に色濃く香る改革派の気風。それこそが、バレエ・リュスのスピリットを受け入れる器を形づくった。そういっても決して過言ではない。
 バレエ・リュスのファンはみな言う。ある日いきなり、沼に突き落とされたと。価値観や美意識を根底からくつがえされたと。けれど、バレエ・リュスを迎え入れる準備は、出会う前にすでに出来ているのだ。
 ロモラ・ド・プルスキーもその例外ではないだろう。
 
 しかし、ロモラの人格と教養の形成に大きな影響を与えたに違いない父カーロイは、もうこの世にいない。
 前世紀の末に亡くなっている。死因は、ピストルによる自殺。

 ──自殺?    

 13年前。若きディアギレフがペテルブルクで展覧会を開催し、美術雑誌『芸術世界』の刊行を始めた頃だ。同業者が金銭トラブルの末に自殺。詳しい事情は知らないが、同じ畑で起きた事件である。彼にとっても決して他人事ではない。
 そのとき、次女のロモラはわずか8歳。幼心にどれほどショックを受けただろう。

 しかし、パリジェンヌさながら最新のファッションに身を包み、目の前に歩み出た若い娘からは、そんな過去を思わせる影はうかがえない。バレエ・リュスの団員たちも、プルスキー家の過去など何も知らず、新築のサロン・ルームでのんきに遊んでいる。
 彼女が醸し出しているお嬢さま然としたムードは、いったいどこまで本物なのだろうか。


 対するロモラは、チェケッティから教え込まれたレヴェランス(お辞儀)とともに、ディアギレフの顔を盗み見た。

「バレエ・リュスのプロデューサー」──セルゲイ・ディアギレフ、40歳。
 ロシア中西部・ペルミの地主貴族の家の出身。青年時代に家は破産し、苦学生としてペテルブルクの大学で学ぶ。いちどは作曲家を志し、作品を持って憧れのリムスキー=コルサコフを訪ねたこともあった。しかしその願いはかなわず、美術批評で頭角を現していく……。

 24歳で初の展覧会を開催したときから、彼の興行を支えてきたのはパトロンたちであり、彼の仕事の多くは資金獲得のための営業活動だった。理想の展示や舞台のためには、惜しみなく大金を投じる。そんなディアギレフの野心が投影されたバレエ・リュスの経営は、名声とはうらはらに火の車だった。その逼迫した状況を隠すかのように、ディアギレフは冬になるといつも高級なビーバーのコートを着込んでいたが、よく見ると毛皮はすでにすりきれていた。

 外に放つ輝きと、人知れぬ闇。
 どこか似たもの同士のようなふたりは、それぞれに仮面をつけ、にこやかに握手を交わした。

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 ロモラの腹は決まっている。
 真の目的は絶対にバレてはいけない。あくまでも自分は、バレエ・リュスとの出会いをきっかけにダンサーを志した娘。いきなり団員になるのがかなわなくても、それに準ずる研修生のような立場になって、憧れのアドルフ・ボルムやほかの団員たちと一緒に勉強させてほしい。それが唯一無二の願いだ。
 
「なるほど。バレエ・リュスに入りたい──と」
 さすがのディアギレフも少し驚いた。とはいえ、入団希望の若者をさばくのは慣れている。モードを切り替えて、話を続けた。年齢は? バレエ経験は? 去年はじめたばかり。うーむ。ボルムがヴィーゼンタール姉妹のレッスンをすすめている? ふーーむ、その意見はあまり支持できませんね。

「理想は、ロシアの帝室バレエ学校に入って学ぶことでしょう。しかしあなたはロシア人ではありませんし、年齢も少し行きすぎている」
 ディアギレフは人さし指をぐるりと北に向けた。
「いちばんよいのは、ロシアで、ミハイル・フォーキンの個人レッスンを受けることでしょうね」

 だめだめ! それもボルム案と同じくらい、だめ。バレエ・リュスはロシア公演をやらないと聞いている。そんな遠くに行ってしまったら、ニジンスキーに会えなくなっちゃうじゃない。
 そんな本音を隠して、ロモラは飛び上がって喜ぶふりをした。
「まあ、それはすてきですわ! わたくし、ロシアに行くのが夢でしたの」

 ディアギレフはほほえんでくれた。どうやら正解らしい。第一関門クリア! 

 自己アピールタイムのスタートだ。ロモラは怒濤のごとくバレエ・リュスへの愛と情熱を語りまくった。アドルフ・ボルムに触れるときには、ほんの少しミーハーっぷりを強調してみせるのを忘れずに。ボルムさんって、ほんと、ワイルドで、たくましくって、すてきなダンサーだと思いますの!

 ディアギレフは、眠たげな厚い二重まぶたの下からこちらをじっと見つめている。いまさらながら緊張がこみあげ、嘘をつくたびに息があがった。ああ、この人がかのバレエ・リュスのプロデューサー。そして、これは入団オーディション。帝室バレエ学校のような骨格審査も、バーレッスンの審査もないけれど。それなら、いったいなんのオーディションなのか。
 強いていえば「演技」だ。ディアギレフの魔力にのまれず、女優になりきる。
 それがわたしに求められている、唯一のスキル。

 ロモラの勘はあたった。
 ふっと沈黙が訪れた矢先、ディアギレフはこんな質問を投げた。
マドモアゼル。あなたは、ニジンスキーについてどう思いますか?
 
 ──ロモラ・ド・プルスキー。
 おまえ、ほんとうは「ニジンスキー推し」なんじゃないか?……

 
 一瞬の間も置かず、ロモラは即座に唇を開いた。
 
「それはもう、彼は天才です。唯一無二のアーティストですわ」
 そこではじめて一息入れ、恋する乙女の表情をこしらえ、頬を赤く染めてこう言い切る。
「でも、あたくしにとっては、ボルムさんのほうがより人間的に感じられますわね」
 
 ディアギレフの重く垂れ下がったまぶたが、ぴくりと動いた。
 
 少しでもひるんだら、負けだ。
 大女優の血が瞬間的に熱く燃え、かりそめの「ボルム推し」を生み出した。ディアギレフをまっすぐに見返す。そう、わたしはバレエ・リュスに魅了された入団志望者。憧れのダンサーはアドルフ・ボルム。何不自由なく生きてきたお嬢さまだったのに、このカンパニーにすっかり人生を狂わせられてしまったの。
 プロデューサー冥利につきる、と思っていただけません……?

 愚問だったか。……
 ディアギレフは、口ひげの下に笑みを漂わせて、この若い娘にうやうやしく勝ちを譲った。

「マエストロ・チェケッティには、わたしから話をしておきましょう。彼の特別レッスンを受けなさい」
 それから、と付け加える。
「我々の巡業に一緒についてきて、作品を間近で勉強なさい」

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【連載】「わたしが推した神」
1912年3月。
わたしは「神」に出逢ってしまった──。

有名バレエ団の絶対的エース、ニジンスキーを
推しすぎて人生を狂わせた女性ロモラの
波乱と矛盾に満ちた物語。

毎週金曜更新中!

(2023年6月追記)
★本作は、大幅改稿を経て、『ニジンスキーは銀橋で踊らない』として5月末に書籍刊行されました。詳しくは下記記事をご覧ください。★