【短編小説】王国の滅ぶ刻
キーワード:斜陽、仕立屋、飲食店
「裸の王様って、どうして騙されたと思う?」
紫煙が立ち込める飲食店で、隣で飲んでいた友人は僕にそう訊いた。
裸の王様の話自体は分かる。とある国の王様が怠け者と賢い者を見分ける布を持っているという仕立屋が現れ、その仕立屋が実は詐欺師であるところから話が始まる。――結果、その布で出来た服が完成したのだが、その布は当然誰にも見えないので、そのまま外に出た王は、観衆の前で大恥をかいたという話だ。
「何でって、服の仕立屋の騙し方が上手だったからじゃないの?」
「じゃあ、なんで詐欺に成功したと思う?」
友人は、しきりに僕にそう問いただしてくる。
「おまえ、そういうキャラだったっけ?」
「最近読んだ本に書いてあったことだ」
友人はジョッキに入ったビールを飲んで、先ほどの問いの答え合わせを始めた。
「つまり何が言いたいのかと言うと、教養なんだよ。教育がちゃんとなってなかったから、王は仕立屋の皮をかぶった詐欺師に騙された。どの学問においても、人間の虚構と真実を見分けることなんてできないし、虚構が真実になることもある」
「つまりは勉強しろって言いたいの?」
そうだ、と友人は肯定した。
「何が真実か、何が虚構なのか、それを決めるのは周囲の人間ではなく、自分自身でしかない。その材料となるのが、今までに学習して蓄積した知識だ。ファンタジーや魔法の世界でもない限り、怠け者と賢い者を見分ける布があるわけじゃないし、何を以て賢いと定義するのかでも変わってくるだろ。それを見分けることができない王国は斜陽の王国と言っても差し支えない」
「知識がない人は正確な判断ができないってもしかしてそういうこと?」
「最近では、未成年が出産するなんていうニュースが後を絶たない。その先、その子たちがちゃんと親として責任を取って育てられるのならハナシは別だが、そうでないのなら実際にそれを起こせば、この先何が起こるのか予想したらそれは未然に防げるんじゃないか、とオレは言いたいわけ」
「それに知識が必要であるというわけだね」
「考えることができるからな。それで思考して、もしも相手にも自分にも不利益が生じるのなら、生じない方法を探すか、そもそもやめることだってできるだろ。今の教育って、そうあるべきだと思っている。児童生徒に、この場合だったら自分はどうするのかを考えさせるような、その場面が実際に来たら、どのように行動するのか。自分で正しいことを見つけていく。それこそが教育の本来のあるべき姿だ」
教職を目指している彼だから言えることなのだろう。妙な説得力があった。
「人間は考えることをやめてはいけない。何が正しいのか、何が間違っているのか、それを決められるのは社会でも、周囲の人間でも、国家権力でもなく、自分なのだから」
夜は更けていく。明日も続いていく。自分が斜陽に瀕しないように、日々勉強をしようと思ったそんな夜になった。
完
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