赤江かふお Kafuo Akae
男女同棲シリーズを纏めています。ブロンドヘアの女性と男性の話。この女性は自分の性別と一人称に関心はなく、違和感なく「僕」と呼び、相手の男性を「貴方」と呼びます。男性側の一人称は同じく「僕」ですが、彼の場合相手を「君」と呼びます。誰より親密でお互いに信頼ある彼らの『日常』は、いつも鮮やかに続いて行きます。 またこの作品たちは、かの上村一夫による名作「同棲時代」への逆説的なオマージュも含んでいます。
過去ラジオ朗読で使用された物語たちです。
「何ボーッと観てんの。エッチ」 前回「コンビニ寄ろうよ。」
作 画 赤江かふお 深海の探求と宇宙への憧憬は似ている。 全くの無音の中、未知なるものを追求するという行為自体が、まるで諦めるための修行のようなものでもあり、またその先の発見は悟りに近く、誕生についてはいずれも途方もない曼荼羅のようでもあり、一種仏教的感覚とも並行して考えるべきとすら思ってしまう。 物理学者にこそ熱心な信仰を持つ者が多い傾向は、やはり心に確かな支柱を設けなければ、新たな知の罪というスリルに耐えきれないのだろう。 今我々が認識する現時点の仮説を元に解明すればす
noteで連載しているこのショートブロンドヘアの女性と男性の話。この女性は自分の性別と一人称に関心はなく、違和感なく「僕」と呼び、相手の男性を「貴方」と呼びます。男性側の一人称は同じく「僕」ですが、彼の場合相手を「君」と呼びます。彼らの『日常』は、いつも鮮やかに続いて行きます。
作・画 赤江かふお しかし君はよくあんなものを食べて腹を壊さないもんだな、もはや味も解らないレベルの激辛のラーメンの、さらにその中でも最上級に辛いものを食べて平気な顔で、住宅街を自分だけのブロードウェイであるのように無邪気に踊り歌い笑いながら、先陣を切る。 いつものメタルバンドロゴが入ったシャツをヒートテックの上から着て、そこに羽織っているのは、デザインもののスポーティーなダウン。ちょっと近所に出かけるだけでも少し服装に拘やひねりがあるのは確かに君のセンスの部分だ。が、
作・画 赤江かふお ◇妖怪の伴侶 辰岩の裂け目に佇むと、一筋の涼やかな風が吹き抜けた。村はずれの小さな祠には、辰岩の乙女と呼ばれる若き巫女が住んでいた。彼女は村の安寧を願い、日々祈りを捧げる生活を送っていた。 ある夜のこと、天を覆うほどの大妖怪が辰岩に現れた。村人たちは怯え、その怪物を追い払おうと試みたが、誰一人近づくことはできなかった。その時、乙女は静かに前に進み出た。妖怪は弱っており、乙女の慈悲深い視線に心を許したのか、巨大な身を彼女の前に横たえた。 乙女は妖怪を
僕はこののんびりした街で、リズムを取りながら、路地を歩く。一人の影が地面に伸びる。 スーパーの袋はぶら下がり、夕日は辺りをゆっくりオレンジ色に染め上げる。 ああ、今日はお天気が良かった。 貴方は四泊五日、大阪で、仕事の波に乗ってる。 僕はこののんびりした街で、リズムを取りながら、日常の波を渡る。一人の影が地面で踊る。 どんぶらこ、どんぶらこ。 離れていても進む、貴方と僕の時間は進む。 〝ご飯食べた?〟 メッセージアプリで貴方のアイコンの通知が来る度、そんな事ばっかり。僕、子
作・画 赤江かふお ガラッと浴室のドアが開き、僕は体を洗い終え湯船に浸かろうとしていた瞬間だったので、突然風呂場に入ってきた君の、鏡に映る全裸の姿に驚き、尻もちをつきそうになってしまった。 「どうも失礼、お風呂、入りますよん。」 反応が大袈裟だったことを笑われた。 いや、別にこういうことはよくある、君はどうも自分の体が美術品のようであることを知っているんだな。 風呂場の鏡を絵画の額のようにして、薄いナイロンタオルで最低限の部分を隠す仕草で、僕がそのままぼうっと鏡を見ている姿
作・画 赤江かふお 「ぼくのからだ、見て」 君はそういっていつもまるで猫のよう、伸びをするんだ。身体をくねらせながら、腰の下に枕を敷くのは、君が自分の身体の美しさを知っているから。僕だって、そりゃ当たり前に男だ。そりゃ反応するよ、下着の中で、ああ。早くシャワーを浴びないと、と言うと、君は「浴びないで」、と止めた。決して綺麗なものでは無い。でも君は、こう続けたんだ。 「好きな人の香りって、いい香りなんだよ。ぼくさ、汗臭いくらいがいいの。よく潔癖症なんて言われるけど、ぼくはね、
作・画 赤江かふお 彼此四十年くらい前の事でしょうか。 当時私は細々ながら社員は数人程の事業をやっておりました。皆よくやっていて苦労が実り、軌道に乗り始めた頃でしたので、三重のとある島へ慰安旅行を決めた時の話です。当時いちばん若い社員で二十代中盤と、みな男としてもひとつ物を知る時期でしたので、いわゆる紹介制の宿を取りました。 支配人はよくよく都合が解っており、宴会の席にて、数人の女性を呼んでくれました。やや三十代半ば、カタコトの日本語のを喋る者も居て、言い方としてはなん
作・画 赤江かふお 朗読 奥村薫 この奇妙な、それでいて妖しい事件は、そもそもの発端からして、実に異常で、読者におかれては一種不気味なものと捉えられたとしても仕方の無い事である。 私がそれを初めて見たのは5月中頃の事で、まだ肌寒い中にもじっとりとした夏の空気を感じる夜半だった。 どうしても原稿の案があがらないので少し外の空気に当たろうと、近くの疎水沿いの道を煙草に火をつけ吸いながら歩いていると、もうそんな時間だというのに、女の後ろ姿が見えた。これでも婦女の身に起こり
作・画 赤江かふお 朗読 奥村薫 僕の父は病院長で、僕は父の病院で産まれました。ええ、白い十字架の立つ。消毒液の匂いが好きでした。 幼い頃の僕は女の子のような巻毛でしたので、看護婦さん達はよく、足にまとわりつく僕にお菓子をくれたりしました。あの頃の街はたいそう賑やかで、誰ひとり新聞のニュースなど話題にせず、ただ目の前にもたらされていた富や幸せを、いつまでも終わりがないものであるかのように享受していました。 僕が5つの時ですか、ラジオ放送を聴くようになり、様々な
絵・物語作:赤江かふお 日頃お互いに忙しい中、一通りまとまった休みが取れたから、旅行計画を立てたんだ。ベタなんだろうけど、実は一度も行った事は無いような、古い温泉街へ。僕の下手な運転を笑いながらも、温泉に来るなんて久しぶりだと、はしゃぐ姿が、とても愛おしくてね。助手席に君がいることだけで、ああ、とても嬉しい。 昼、宿について、荷物を置いて。そのままふらっと入った蕎麦屋は、観光ガイドに載っている店のようには混んでいないどころか、たった二人きりで、居心地がいい。 僕