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inagakijunya
セカイノサカモト
先日、坂本龍一氏の訃報をつぶやきました。正直な話、ピンときてなくて。
あれから、さまざまな方の記事やコメントを読んで「あぁ、本当にいなくなっちゃったんだ」という思いがじわじわ湧いてきました。そんなにコアなファンではなかったのですが。
今聴いても当時の曲は色褪せない。なんと言うか、天上界を見上げてるかのようです。
現実を知ると、人はだんだん自分の足元を見るようになります。足元を見てしっかり地面を踏みしめて生きることを迫られます。美しさより生き抜くことを求められるのです。
それが人のまっとうな生き方なのだろうと思いつつ、見てないと美しいものがそこにあったことを忘れます。理想とか憧れとか。そんな美しいもの。だんだん自分とは関係ないものになっていくし、それを語るものはなんとも嘘くさく思える。それは離れて眺めるから美しいのであって近寄れば絵空事のような気がしてくる。
それでも、美しいものはかつて目の前にあったのだなぁとしみじみ思わされます。眩しいほどのものは確かにそこにあったのです。そう思うとちょっと泣けてきます。
高橋氏も坂本氏も、当時の自分には憧れだったのでしょうね。めちゃくちゃカッコよく見えた。
憧れてるものがあって幸せだったと思う。過去は決してなくならない。それもまた幸せなことだと思う。
なくした銀のハーモニカをまた見つけた感じ。懐かしく美しく悲しく。
憧れは物事を知るにつれ失望と幻滅に変わっては行くけれども、美しいと信じたひと時は確かに存在するわけで、それは儚く美しい一瞬でした。
坂本さん、ありがとう。どうぞ体の軛から解放されて安らかにお眠りください。