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自分へ

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できる限り、わたしが一瞬でもこころをゆるしたひとびとに、この手紙が読まれてほしい。わたしが何者であるか完全にわからなくなる前に、わたしの一瞬を委ねた他者がわたしが何者であったかを…
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2024/8/13 再生

愛していないとはっきり言われて、 このつらさはもう治すことができないのだと分かって、 良い意味で諦め切れた。 幼いころから生を肯定することができなくて、それでも私の存在が愛ゆえならばと思い生きてきた。その自分の生きる上での前提が覆され、愛でないならなぜ私を世に生み出したのか、私はあいつを一生裁判の舞台に立たせ、私を誕生させた罪で訴え続ける。 家族であれ友であれ、誰しもが他者であるとは思わない。少なくとも私を生みだしやがったあいつを他者だとは思えなかった。他者だと、そんな容易

2024/7月終盤

卒論発表も授業も期末テストも終わり、2日ほど何も予定の無い時間を過ごせた。その3日目には裏切り者との面会が決まっていたから、2日間で精神的な調節をしたかった。なんだか、肩甲骨から小さな羽が生えたように、10キロほど痩せたこの身体が地面を浮いて歩いていた。幸せで、もしかしたらこのまま治るかも、何事も無かったように、また再び生活をやり直せるかもしれないと思えるほどだった。 7月の終わり、私を裏切ったあの人に会った。 最後に、私のことを愛していたか、大切だと思っていたかと聞いたら

2024/7/22

今月も無理だった。 あと9日、生き延びられるか。 時間が遅い。

2024/7/20, 21

自分の未来をみたい。 自分に未来があることをみて、安心したい。 つらい。色々試してみたが、結局今月もつらくて、あと10日ほど、生きて来月を迎えたい。来月もつらいだろう。無理だ。 常に息が詰まっていてうまく呼吸ができない。ひとと会ったり連絡を取るということもうまくできなくて、結局希死念慮にたどり着く。まず人と会話するということがつらい、人の話を聞けるのかわからない、多分つらくなるだけだと思う。 1日を生き抜くことに精一杯で、明日のことなど未来の予定を考えられない。なぜこの

2024/7/18

意識が吹っ飛んだのか、眠ったのか、よくわからない状態で昼前から夕方まで倒れていた。目を覚ましたとき、素直に目を覚ませてよかったと思った。目を瞑る前に、このまま死んだら最悪だと朧げに思ったことも憶えている。私の死体が物語ることが身体的な体調不良だけだったらあいつに何も復讐できない。復讐はガソリン切れだが、復讐心や憎悪はまだあるのだと思った。私にとっての死は、私のためではなく、あいつのための私の死体であるのだ。 気づいたら芥川賞と直木賞が発表されていた。会見の動画を見たら芥川賞

2024/7/13

生きることは絶対的に正しく、善である、という仮定を前提に呼吸をしている。生きたい、死にたい、という個人の欲望より深い自分の真髄にこの仮定を置いている。だから自分は大丈夫だ、結局何だかんだ生き続けると思っているけれど、たまに目を覚ますと今日は死んでしまいそうだと自分を信用できない日もある。朝は地獄で、明日が怖い。朝に目を覚まして今日も地獄だと思うことが慢性化されすぎてもはや地獄も死ぬということもあまりに自分に近く、いっそそれらが何も特別な大したことではないと思えてきた、かもしれ

2024/7/1

堕ちるところまで堕ち切れて、失うものも全て失ってしまった。友人も家族もその概念、そのものがもう手元に残されていない。これが一時的なものではなくてもう長いこと続いていて、終わりがあるのかわからない。誰か何か私を救ってくれるのかと思ったけれどそれを待っていたら、目の前を走る車に飛び込みたくなり電車のホームに落ちたくなった。他者を救うことでしか自己は救えないのだと思ってバイトとか就職先もひとに直接関われるものにしたけれど、それまで自分の生命維持を信じることができない。泣けなかったの

2024/6/24

この生き方がいつまで続くのだろうか もう半年以上が経った。一度もよくなったときはなく、1日1日着実に悪化していく。たすけてほしい、と打って消した友人へのライン、カウンセラーへの電話代、自分を騙しながら1日を生き延びる。この精神状態でなぜ生活が送れているのか不思議だ。精神病棟にいる友人が、ここにはキリストの本が無いと嘆く。信じるものはあるのにそこに救いがない。もうだめだ、無理だ、ここで終わるのか。あと37日で授業が終わる。今日という日も、明日も、明後日も、生きているか不確かにも

2024/6/19

結局、1日1日が過ぎ去るのが遅く、このつらさは着実に1日1日と重くなってゆく。誰も救えなかったし救ってくれなかった。救えるものではなかった。死ねなかった日を何度も思い出して、その時よりつらい今なら死ねるのだろうかと思うが死ぬのにもエネルギーが必要で、確信が必要だった。 食べても吐いてしまう、体重が減り華奢な背中と薄い胴体で、この夏は超えられるのだろうか。未来の予定を立てることが難しく、かろうじて学歴は残さなくてはと大学に通っている。今日、明日、明後日、いつ終わりにしてもいい

5/26

家のドアが開かなかった。 鍵は持っていたけれど内側からロックがかかっていた。 ドアの前でしゃがみ込む。 携帯は早朝5時の終わりくらいだったかと思う。 今日は死ねる。 もう私には何も残されていないと何度も思った。 私は家の鍵と携帯をドアの前に落とした。 家族が眠っているドアの前で跪いた。 感謝だったのか謝罪だったのかわからなかった。 その足で河川敷へ向かった。 早朝はまだ人が少なかった。 誰も私のことを気にしないと思った。 川の音も犬を散歩している人の足音も聞こえなかった。 た

5/25

午前5時に目が覚めた。 隣に眠る妹の頬を片手で包んでみた。 妹がわたしの手に気づいて少しニヤついた。 今日は死ねると思った。 今日は大切な友人らに久しぶりに会う日で、 今夜は朝まで日本に会いにきてくれた友人とクラブで盛り上がる予定で、 今日は死ねると思った。 自信があった。 妹の唇が上がって私は幸せになって 死ねると思った。 7時間ぐっすり寝られて、 家族より早く5時に起きられて、 大切なひとびとに会える今日は 私に自信を与えてくれて 今日は死ねると思った。 朝起きて今日は

この春は、花が、丁寧に沈む静寂を眺めていたい

黒い海に星が光り浮かびあがる 友人の遺書を読む何度目の夜か この春は、花が、丁寧に沈む静寂を眺めていたい 自分がどこから来てどこへ行くのか、世界における自分の文脈を知らずにある一点としてこの世に産み落とされたかった。自分以外は他者であると、そう思い切りたかった。私の存在理由が愛でないのなら、私が存在しないこともありえたのに、それでも実際に存在してしまった自己の実存へ、その非必然性を最後に解き明かしたい。私が存在しなくてもよかったと、そう確かにしたい。そしたら私は私ではない「

2023.12.27

自分へ この22日間、毎日、それが朝だろうが夜だろうが昼だろうが、決まって眠りから覚めると、ここは現実か地獄かを自問自答し続けてきた。ここは現実で地獄である。そしてそれはこれからも問い続けるだろう。 父が死ぬはずだった12月。 48時間、全身全霊で体を上下に激しく動かし心臓を力ずくで叩くように呼吸をする人間の姿は、苦しく、辛く、暴力的で、生々しく、動物的で、凄まじい。余命宣告から蘇った彼は今、生と死では語ることすらできない状態にいる。 何度目の夜だろうか。 場所と時間を

2023.12.12

わたしはわたしにあまり長くない手紙を書こう 昨日、わたしのお守りのような友人らに会って、ようやく、重荷が肩から降りた。全てではなかったけれど、こうして言葉を紡ぐことができるようになった。彼らに会って、わたしはひとの前で泣けないことを知った。悲しみたい、込み上げるものを溢れさせたい。家の前で電話をかけた。声を聞いた瞬間、泣いてしまった。言葉にもならない音が自分の口から出てきた。少しずつ話すことができた。 途方もない やっと、ようやく、 自分のこと、失った友人のこと、など。