【読書感想】阿川 弘之 『井上成美』 (新潮文庫) #わきまえない男
グーテンターク!皆さまこんにちは。フランクフルトのYokoです。
昨日、電子書籍でも500ページ以上ある大作を読み終えました。
この本は『山本五十六』『米内光政』『井上成美』の海軍提督三部作の最終版。Amazonの本紹介にはこうあります。
内容紹介
昭和五十年暮、最後の元海軍大将が逝った。帝国海軍きっての知性といわれた井上成美である。彼は、終始無謀な対米戦争に批判的で、兵学校校長時代は英語教育廃止論をしりぞけ、敗戦前夜は一億玉砕を避けるべく終戦工作に身命を賭し、戦後は近所の子供たちに英語を教えながら清貧の生活を貫いた。「山本五十六」「米内光政」に続く、著者のライフワーク海軍提督三部作完結編。
阿川さんの『春の城』を読んで面白かったので、いつか読もうと気になったのが海軍三部作。どれから読んでみようと米内と井上を買いました。
長い間寝かせてしまいましたが、ふと読みました。
きっかけは『ペルソナ』はじめ三島由紀夫の評伝や作品、人生について語る読書会に参加したこと。軍や天皇の役割を観念的にとらえている三島由紀夫がもしリアルな軍の縦割りや個々の無責任性主義、不毛な縄張り争いを知っていたなら、三島事件は起こらなかったのでは、と思ったのです。天皇と自衛隊に過度に期待したからこそ、その理想と現実的のギャップが失望となり死に場所を求め出したのではと想像しています。
そのとき軍を知っている作家として思い出したのが阿川弘之さんで、『井上成美』でした。阿川さんは1942(昭和17)年、東大国文科を繰上げ卒業して海軍予備学生として海軍に入った経歴を持っており、軍人への戦後の掌返しに違和感を感じ、作品で特筆すべき軍人を描いています。またどうして負けるとわかっている戦争を日本ははじめたのか?という問題を問い続けて、軽妙な軽いエッセイの合間に硬派作品を描いています。
井上成美は今風に言うなら、#わきまえない男 知性と合理的思考で導き出された意見のみ是とする人で、それを相手にも求めます。いわゆる腹芸が出来ないし、する気もなかったようです。
今も昔も空気を読む、長いものには巻かれろが処世術という世の中で、その真逆に生きた人の伝記なのも、好奇心をそそられました。
おかしいと思う感受性はあっても、権力やその場の空気に抗ってまで反対する人は少ない。それを簡単に嗤えない自分もいます。
しかしそれが、アメリカに戦いを挑むか回避かという究極の選択をする中にいた場合、まじめにデータを見れば見るほど勝ち目がないアメリカとの戦いなのに、軍人の立場をわきまえて、回避せよ、日本必敗だからと言えない空気が充満。その渦の中で合理的な思考から導いた意見を具申し続けた井上成美は相当なエネルギーで孤軍奮闘した様子。
この作品は井上目線であり、海軍出の著書であることから海軍より英国式にシンパシーがあります。
同時にドイツと陸軍は批判的トーンで私のようなドイツ贔屓には読んでいてなかなか辛い作品。でも手厳しいのには井上なりの考えが作品中で示されており、また海軍の悪いところや海軍内でも上から下までお眼鏡にかなわないと容赦ない辛口評価でその意味でフェアといえます。
ご自身が認識されていたように、教育者としての方針が先進的で興味深かったです。また途中から敗戦を意識して、そのとき役に立つ人材の育成という観点を持っているところが素晴らしいなと思いました。
ただ相当な変人なのは間違いなく心酔する人と遠ざかる人が二分したのは容易に想像できます。
もし今の首相の近くに次官としていたら「なんだって?xx大臣の言うことを聞かないのか。じゃあ飛ばせばいいよ」とすぐ首を切られそうな切れ味でした。
一貫して無謀な対米戦の回避を主張し、兵学校では敵国の英語教育を存続させた。(負けたあとを見据えて) また敗戦前夜は一億玉砕を避けるための研究と終戦工作に生命をかけ、戦後は子供たちに英語を教えながら清貧の生活を貫いた人生を描いたあとに、阿川さんはご近所の人にこう語らせて筆を置きます。
隣りの小島政造夫婦やミエの里の斎藤善次一家は、畑仕事の休みに、茶を飲みながら時たま井上の思い出話をした。「葬式に天子様からお供えが来たぐらいだからさァ、偉い人だったにゃあ違いないよ」とか、「何せ、俺たちに取っては天気予報の大将で、いなくなっちまって困るね」とか、そういう話であった。
500ページ、文庫本では700ページを超える作品の最後がこの無邪気で凡庸な感想で締めくくられるのでした。
こういう見方が戦後の多くの日本人の受け取り方であると折り込んだ上で、阿川さんは軍人として教育者として生きた井上成美という人の生き方を世に伝えたかったのだなと強く感じます。
「日本がなぜ負けるとわかっている戦争に突き進んだのか」という命題に興味ある方は是非 猪瀬直樹さんの著作をお勧めします。綿密な取材と膨大な資料から組み立てられた作品です。一個人への肩入れではなく日本が“無謀な戦争"に突入したプロセスを描いています。
日本の意思決定の曖昧さが今も昔も地続きであるという不都合な真実をあぶり出す良書です。
それでは、最後まで読んでいただきありがとうございました!
Bis dann! Tschüss! ビスダン、チュース!(ではまた〜)😊