小説内企業の沿革を作ってみよう
新年が始まってすぐやらなきゃいけない仕事があったのですが、なんだか負荷が重いなと思いました。私は今、「働きたい時に働くことにしてみる」人です。個人事業主用の口座(小説稼業のための資金をプールしてある)の預金も目減りしていて、もうすぐ税理士さんへの支払いも生じるなどということは一旦脇において、まずは半分遊びみたいな仕事をしてみることにしました。
ネットヒーローズの沿革でも作るか。
ネットヒーローズとは、拙著「わたし、定時で帰ります。」の舞台となる企業の名前です。この企業名はドラマ化が決まってから依頼されて考えた名前です。なので1作目の単行本では「この会社」としか呼ばれていません。会社名は文庫版から登場します。
余談ですが、企業名は例え架空であっても考えるのは大変です。マーケター時代は商品名案を出すたびに商標登録を検索するサイトでチェックするみたいなのをやって、しんどかった覚えがあるのですが、小説家になっても実在の企業に迷惑がかからないよう、(一社も被らないのは無理にしても)同業他社に同じ名前がないかどうか検索してチェックします。
私とビル・ゲイツが絶賛している「シリコンバレー」というドラマがあるのですが、
スタートアップ企業の名前を考えるため、主人公の同僚たちがホワイトボードいっぱいに候補名を書き出していくシーンがあります。
すぐに思いつくような名前は何かの企業名や商品名にすでに使われているし、国によってはネガティブな意味になったりする。まだ世界に存在しない音の組み合わせを考えているうちに、全員が変なテンションになっていっちゃう感じ、わかります。
これは著書のタイトルを考える時も一緒で、編集者さんと案出ししている間にダジャレ大会になってしまったりします。
そんなこんなで「ネットヒーローズにしよう」と決めて送ったのですが、ドラマの撮影現場に見学に行ったらロゴ入りの社用封筒や名刺ができていました。組織グッズ好きな私にとって、自分が(架空とはいえ)作った組織のグッズが目の前にあるだなんて夢のようでした。「ください」という言葉を飲み込んで帰ってきたのですが、後にドラマの公式グッズとして発売された社員証と社名入りボールペンをいただいたので感無量でした。DVDにも、新卒採用の説明会で配られそうな企業パンフレット風のドラマパンフレットが封入されてて、再び感無量に。
とはいえ、原作中では「ベイシック」「フォース」となっていたライバル企業やクライアント企業の名前は、似た社名があったとのことでドラマでは「ベイシック・オン」「ランダースポーツ」に変更。きちんとチェックして決めてくださったのはありがたかったです。
さて、ネットヒーローズの沿革ですが、そもそも沿革とはどんなものなのでしょう。コトバンクを引いてみましょう。
なんと「続日本紀」の頃からある言葉なんですね。
企業の場合、沿革は創業から現在までの歴史を簡略に書いていることが多いです。顧客、株主、社員などのステークホルダーや、就活生に発信したい「外向け」の内容、たとえばトップの交代、社屋の移転、組織の変遷、主要プロダクトの発売時期などの歴史を語る沿革が多いようです。
たとえば、いつもお世話になっている出版社の双葉社の沿革はこんな感じ。
こんな感じの沿革を載せている企業が多いのではないでしょうか。ちなみに世界のトヨタはどうしているのだろうと軽い気持ちで見に行ったらば「トヨタ自動車 75年史」という特設サイトがあり、デジタル社史に飛ぶようになっていました。そうですね、ちょっとやそっとで語れる企業ではないですよね。お見それしました。
デジタル企業となると、また少し変わってくるようです。シンプルスタイルの沿革を載せているところもあれば、創業から現在に至るまでをブランドストーリーとして饒舌に語る企業もあり、わりと自由。BtoB企業が多いので、他社の人たちに「この会社の人たちと働いてみたい」と思ってもらえることが重要なのかもしれません。
たとえば、グループウェアで有名なサイボウズが企業サイトに掲載している「サイボウズの歴史」はこんな感じでした。
さて、ネットヒーローズの沿革を作るなら、作中に登場した過去エピソードを整理するためにも「饒舌」な方のスタイルにしたい。少なくとも以下のことを盛り込めるようにしたい。
1)創業から3作目の間に、ネットヒーローズに何が起きていたか。
2)3作目と最終作の間に、ネットヒーローズに何が起きて、結衣たち社員たちにはどんな変化があったか。
始めてみると楽しくて、6時間もやってしまいました。首肩が固まってしまって、翌日寝違えました。明日も整形外科に行かないと…。
既出のエピソードも時系列に並べてみると「あれ?」ってことがけっこうあります。
最初の設定では、結衣が石黒の下に配属されたのは入社後数年経ってからということにしていました。ですが、3作目で、石黒は「新人研修が終わってすぐに自分の部下になった」的なことを言いだしました。結衣が福岡出張先で晃太郎と出会うのは27歳の時。出張は石黒と一緒に行っていますから、少なくとも新卒から5年間は彼の部下だったということになります。結構長いつきあいだな。1作目では結衣には石黒と不倫しているという噂があると吾妻が言っていたので、側から見ても絆の深い同僚だったのでしょう。こうして作中に出てこない空白期間について考えていると、石黒と結衣とでバディを組んでいた頃のエピソードもいつか書いてみたくなります。
ネットヒーローズは子会社をいくつか持っていて、設立したり、吸収合併したりを繰り返しています。沿革には子会社の社長になる役員の名前も記さなければならない。彼らは物語中には登場しない。つまり著書の私も会ったことのない人です。社員に愛社精神を強いていた時代の灰原と対立して退職してしまった役員もいたということが3作目に出てきますが、かなり優秀な人だった可能性もある。どんな人だったんだろ。そんなことを考えだすといくらでも時間が経ってしまいます。
さらに、3作目が終わった後のネットヒーローズにはどんなことが起きていくのだろう。社会変化などの外部環境要因をインプットすると、企業としての行動はかなりの部分決まってしまいます。組織再編もあるでしょう。そう考えていくと、これまで一緒に仕事をしてきた人たちとの別れや、新しい出会いも見えてきました。歴史を先に作って空白を埋める形でエピソードを創っていくというアプローチもあるのだなと面白く感じました。
そんなこんなでザックリですが、沿革のプロトタイプができました。(ネタバレになるのでぼかしてますし、長くなりすぎて社史になってますね)
ちなみに「シリコンバレー」には実在のテック企業の名前がガンガン出てくてきます。オープニング映像もシーズンが変わるごとにシリコンバレーにひしめくテック企業の栄枯盛衰をリアルタイムで反映した仕様になっていて、ヒリヒリします。日本の民放でやったらスポンサーに怒られそう。
海外ドラマ『シリコンバレー』シーズン5配信記念!オープニングシーンに隠されているITネタを探そう!
作中に登場する架空の企業、HooliやPied Piperなどの公式サイトやCode/Ragというテックニュース専門サイトなどのプラットフォームも実際に作っていてドラマ公式サイトから見ることができます。
シリコンバレー 公式サイト
Hooliの公式サイトのトップページには「MAKING THE WORLD A BETTER PLACE」というメッセージが出てきて、「スタートアップを法的に正しい方法で潰したりしているくせに……!」などと思ってしまいます。
ネットヒーローズのプラットフォームも作ってみたいな。社長挨拶とか採用サイト中の若手社員のインタビューとかも。サイトをつくるのはかなりの予算がいるので紙の企業パンフレットとかなら作れるかな……。
そんなこんなで小説内企業の沿革を作ることから2022年は始まりました。