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食ってみな、飛ぶぞ。

あの時、きのこになりたいと願ったから、きのこになったのかも知れない。

俺は社畜。
会社に飼われるだけの存在。
歯車にはなりたくない。
うまく噛み合うように
削られたくもない
誰かに合わせるなんて
まっぴらごめんだ。

会社はいい。
仕事をしていればいいのだから。
彼女を作らなくてもいいし
(おかげでデート代も浮いた)
オシャレな服もいらない
(スーツは店員に見繕ってもらった)

榎木くん、そんなんでいいの?
時々言われるけど、俺は気にしない。
いっそ会社に住めたら、と思う。
そうしたら余計なことは
考えなくていいのだから。

ぽつりと公園で
コンビニで買ったビールを流し込みながら
ちらりとみると
キノコがいた。
俺はそれをつつく。
その辺に落ちた木の枝で。
しっかりと弾力があり
かたいそれは
しっかりと生命力を感じる。

もう少し強くつつくと
プスっと
穴が空いた。



次の瞬間だった。
俺は公園のキノコになっていた。
「お疲れ様でーす」
俺が陽気に俺に話しかけてくる。
「いやぁ、前から一度人間になってみたかったんすよー」
俺の姿をしたキノコはいう。

キノコよ、仕事はできるのか?
悪いけど俺は仕事しかしていない。
俺から仕事をとると何も残らないぞ。
「大丈夫っす。脳内メモリつかうんで!」
自信満々にキノコはいう。
まあいいや。
よく分かんないけど、何とかなるだろう。
俺はキノコだから、何もできないけど。


キノコはいい。
何もしなくてもいい。
気がついたら隣に
彼女もできた。
また繁殖しましょうねと
彼女が控えめに
頬を赤らませながら呟く。
もちろん。
俺はカサを使って彼女を抱き寄せる。

俺になったキノコよ。
言い忘れてたけど
お前の会社はブラック企業だ。
いつ何時も仕事しか考えさせてくれない
楽しい会社。

俺が彼女とキスをした時
俺になったキノコが帰ってきて言う。
「榎木さん、オレムリっすよ。」
「あの会社ヤバいっす。つーか会社住み込みじゃないっすか。榎木さん、どんな生活してるんすか」
俺は黙って下を向く。

「食ってみるか」
「えっ?」
俺になったキノコは驚いた顔をする。
「食ってみな。飛ぶぞ」
そう言うと、俺はキノコをちぎった。

彼女の声が聴こえる。
繁殖しようね。
繁殖、いっぱいしようね。
その声ばかりがこだまするころ。


ごめん、おれエノキじゃない…
そんな声が
小さく聞こえた
気がした。

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