身から出た地獄
今日は久しぶりに90ウン才の祖母にあった。
相変わらず元気そうだが、どうやら体の節々が痛いらしい。
同居していた頃から、何かあれば痛い痛いと喚き散らしていたので、ハイハイいつものオオカミ少年ね、と適当にあしらうか、弱みに漬け込んで嫌味を言うかしている。
ウーン、痛かったら痛み止めを飲めば?
私はあなたみたいに、腰痛で手伝いもできない役立たずは帰ってくるなとは言わないからさ。
今日も今日とてライトな地獄だろう。
祖母は実家で、ガチで祖母の年金が頼りらしい母から、なんとか長生きして欲しいと言われ、自室に引きこもり生活を余儀なくされている。
これが我々家族にとっては大変都合がよく、諍いが起きる事なく家族団らんが楽しめてよい。
やっぱりあの人はこの家庭に必要ではなかったと思う。
だから足かせの家族とは別居して、デヴィ夫人みたいに1人でお手伝いさんと暮らせばよかったのにと、いつか本人に伝えたい。
オミクロンがえらい事になっているせいで、こういった事情がなくとも、家族ではない高齢者と一緒に食事をするのはリスク。
年金が頼りとはいえ自身も働きまくっている母と祖母は食事すら別々に食べ、ほとんど口も聞かないらしい。
なんかスゲェな、と思う。
祖母の為を思う行動も、超絶仲悪いから故の行動もイコールになってしまい、もはや一石二鳥状態。
嫌な祖母を徹底的に避け、なおかつそれが最良のコロナ対策という状況。なかなかに素晴らしくいい感じで、祖母は孤立を深めている。
とはいえ、祖母の生きる意思は衰えない。
友人は次々と空へ旅立っても、彼女にはテレビが1番の楽しみだから、自室での生活を結構楽しんでいる様子。
もうすぐ死ぬ、あと一年で死ぬといつも言うのだが、全く逝く気配はなく元気。
ねぇねぇ一体いついくの?お迎えおそいね、と聞いてみようかな。
一応私も鬼ではないので、祖母が元気なのはなんとなく嬉しい。もう同居じゃないからはっきり言ってどーでもよいのだ。
そんな祖母が今日は強烈に背中が痛いと言う。
もう分かったから早く寝なよ、と怒鳴り散らす母の声が聞こえる。
私の実家は基本的に修羅場なので、優しさなど微塵もない。あーぁこの感じ常だったなーと思いつつ、ちょっとしたイタズラ心が湧いた。
背中が痛いと仏間にいた祖母は、冷え切ったそこで戒名を読み上げていた。
私の顔を見るなり、いつも私たち家族を祈願していたという。本当か嘘かは分からない上に、相変わらず恩着せがましい言い回しだなぁと思ったがそんな事はどうでもよかった。
祖母が死ぬまでに、心残りがないように嫌味が言いたい。
できることなら涙が溢れるまで、2度と立ち上がれないほどに祖母を挫けさせたい。
そもそも祖母の、家庭に役立たずは要らない、という持論に筋を通すなら、その自身の丈夫な歯を石でかち割り、最後はどこか遠くへ身投げするべきなのだ。
あ、私はそんな事思ってもいないですからね、祖母が言ったんですよ。私に、他のみんなに、ずーっと言い続けたことなんですよ。
祖母はお祈り?を終えると乱暴に、極めて乱暴におりんを鳴らした。むちゃくちゃうるさくて耳がぼーっとする。
そして彼女が私に話しかけてきたので、私は即座にその声に被せて発言した。
「おばあちゃんは相変わらずお経さんは読まないねぇ」
そういうと、彼女は、戒名はちゃんと読んでいるよ、と言った。彼女はやりたくもない事、成果が出ない事に手間をかけるのは嫌いだった。
彼女は知っているのだ。祈りには利益がない事を。
「おばあちゃん、一度もお経さん読んだことないよね。だけど花おばさん(祖母の姉。仮名。)が亡くなったとき、私がお経読んだら、ずっと文句ばっかり言っていて、本当に嫌だった。出来もしないくせにさー」
そういうと、彼女は驚いていた。
「私そんなひどいこといったかね?」
私は笑ってしまった。心から笑えてくるのだ。
ニワトリのように生きてるくせに、その口は人一倍悪いのだから。
「言ったよ。アナタいつも身内には酷いじゃん。お前なんか出て行け、最低だってよく言われたよー。地獄だった」
そんな酷いこといったっけ?とまた彼女は驚いた。
「いったよ。お母さんも知ってるしここの人も全員知ってるよ」
そう言って私は仏壇を指した。
皆知っている悪行。もう彼女は逃げられない。
「だから私はアナタと一緒に住まないんじゃない」
私は微笑んで言った。
祖母は黙ったままだった。構わず私は続けた。
「どうしてアンタみたいな人が長生きするのかね?私には理解ができない。でもなんか意味があるんだろうね。きっとそうなんだろうね」
私はそう言って仏間を後にした。
まだ話したそうな祖母が私を引き留めようとする。
「ごめん、お風呂入らなきゃいけないから」
そう言って私は颯爽とお風呂場に向かった。
言いたいことだけいってさっさとどこかに消えるのは、彼女の得意技だった。
地獄だな、と思った。
祖母は私たちと会話して楽しかったことがあったのだろうか。彼女の会話は常に一方通行でキャッチボールはなかった。
彼女が話してひたすら気持ちえ〜〜で終わり。
それを真似してみたけれど、あまり気持ち良くはなかった。後腐れはなかったけれど。
孫のために祈ってるよと言った後に、自分の生存を否定されたのはどうしようもない地獄に違いないのだが、彼女はどう思ったのだろうか。
彼女の誕生日はわりと最近で、その生存祝いの当日に私たちは祖母の家にいたのだけどすっかり忘れて、何もしなかった。
なので、色々と借りのあった母に手土産を渡すついでに、バレンタインのチョコケーキねと祖母と母の2人分渡しておいた。
これくらいの関係がお互いにちょうどいい。
私は仏間では本気になれる。
みんなに全てを見透かされ見守られる、優しくも逃げ場のない空間。
みんなに見られながらど正論を突かれた彼女は、一体何を思ったのだろうか。
でもそれもすぐに、忘れてしまうのだろうけど。
今日1番感謝したのは、あの場にいたご先祖様だった。みな温かく我々を見守ってくれた。
中断なくなされたやりとりに、私は心から感謝をしたい。
※イラストのライトな地獄が可愛かったので使わせていただきました。リベンセイさんありがとうございます。
手をあげたらどうなるんですかね。そもそもあげられるのかな。
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