ルックバック/藤本タツキ
書物巡礼
2022.1.23
藤本タツキ
「ルックバック」
「描いててよかったって思えた
藤野ちゃん、部屋から出してくれてありがとう」
「じゃあ私ももっと絵ウマくなるね!藤野ちゃんみたいに!」
「おー京本も私の背中みて成長するんだなー」
「私のせいだ....
私があの時漫画描いたせいで.....」
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誰かの人生を巻き込んでしてしまうのは、生きている限り誰にでも起こりうることで、そうやって人は他人と関わる難しさと大切さを学んでいくのだとおもう。私にも忘れられない人生の交差点がいくつかある。
20歳くらいの時に加入したバンドがあった。
私が所属したのは一年足らず程の間にベーシストが何人か変わったのだが、加入当時にメンバーだったベーシストが断然好きだった。
だから、辞める、と聞いた時はとても残念だなぁと思ったけれど、センスも技術も抜群だからきっとマルチに活躍するんだろうなぁなんて考えてた。
その彼が私のラストライブに足を運んでくれたのだか、ライブ後に久し振りに話すと、なんと「音楽と別の道を行くことにした」と言い出すではないか。しかも「ゆきえちゃんが決意のキッカケ」と言うのだ。
ビックリする私を尻目に彼は「ゆきえちゃんみたいな覚悟で自分は音楽やれてない、って気付いたから。」と続けた。「きっかけをくれてありがとう」と。
今考えても彼はプロになるに充分なものを持ち合わせていたし、かたや私は「音楽を仕事にしたい」と大口を叩きながら、実際のところ通用するレベルにはほど遠かった。
彼が私をキッカケにミュージシャンを辞めるなんて、信じ難く、申し訳なかった。
それで良いの?と聞きそうになったけれど、彼の「ありがとう」のひと言に込められた気持ちを私は大切にしないといけないと思い踏みとどまった。
ひとつの未来を託されたなんて大袈裟だろうけど、私にはそれくらい大きな出来事だった。
大切なバトンをひとつ受け取ったのだとおもった。
「ルックバック」の主人公・藤野も、京本から大切なバトンを受け取った。
小学4年の藤野と、不登校の同級生京本。交わるはずのなかった2人の人生が漫画という糸でつながり絡みあっていく。美大に行くことを選んだ京本と、漫画家として雑誌連載をスタートさせた藤野。順調にキャリアを重ねていく藤野にある日飛び込んできたニュースはあまりに無残な事件だった。
虚無と後悔に立ち止まる藤野。その時、架空の過去から産まれたもうひとつの未来が描かれ始めていく。
バトンの種類は色々。カシミヤの如くスベスベで、いつまでも撫でていたくなるようなものもあれば、ハリネズミの如くトゲトゲで、握った手を赤く染めていくものもある。
藤野が京本からもらったバトンは後者で、その痛みゆえに彼女はバトンを一度放してしまう。
自分も友人も家族も恋人も。みんなが幸せで、ずぅっと元気で、毎日が平和であれば良いと心から願っても、どんなにどんなに願っても、そうはいかないときがある。不条理が起こり、行き場のない思いを抱える。
「乗り越えられる試練しか神様は与えない」、「あの時は辛かったけど、それのお陰で今の私がある」。
なんて体の良い常套句だろう。とんだご都合主義だ。他人だからそんなこと言えるんだよ。
.....
それでも、やっぱり。
朱色に滲んだ手のなかにトゲトゲのバトンをかかえて、私たちはまた歩き始める。
手のひらの赤は取れることはないかもしれない。いつまでも鮮血のままかもしれない。
強いとかカッコいいとかうつくしいとか儚いとか切ないとか深みがあるとかあーだこーだ。そんなの嘘くさくなるだけだからやめてほしい。
終始後ろ姿のみで構成されているこの漫画に、絵の持つ力を改めて体験させてもらった。
読んで、ほんとに良かった。
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