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欲しいものは、電流

「あ~、今日も徹夜しちゃった」

5LDKの部屋の20畳のリビングで朝食を取りながらゲームの電源を落とす。

隣で雑魚寝をしている友達の友梨佳が起きた。

「ちゃんと寝た方がいいよ、愛理」

「友梨佳に言われたくない。そんなとこで寝たら、首痛くなる」

「あー、確かに」

友梨佳は空を仰ぐように首を回していた。


「今日、大学は?」

「徹夜明けで行けるほど、学校好きじゃない」

「何連休だよ、愛理」

「数えてない」


「あっ、昼飯代、足りないかも」

鞄に作業着を詰めながら友梨佳が言った。

「あげるよ」

いつものように私は1万円札をくしゃくしゃに丸めて投げた。

友梨佳はその1万円を拾って自分の財布にしまった。

私は朝食のゼリーを喉に流し込み、布団に潜り込んだ。


午後3時ごろになるとお腹が空いて目が覚めた。

仕方なく、コンビニへ出かける。


お金には困っていなかった。

なんでって、変なバイトをしているわけでも、援助してくれる人がいるわけでもなく、ただ、うちの親がお金持ちだって事。

必要な分だけとはいかず、必要以上にお金はくれる。

お金を渡して、子育てをしているつもりになっているんだと思う。

仕事中心に生きている両親とは、ほとんど会っていないから。

1人で住むには広すぎる家にいると、こんなことばかり考えてしまう。


いつものようにコンビニで、パンとゼリーを買った。


外に出ると、筋肉質でガッチリとした強面の男が立っていた。

「愛理さんですか?」

「だれ?」

「買った物を見せてください」

「はぁ?なんで見せなきゃなんないの?」

「お父様からのご依頼です」

「お父さん?」

「はい、お父様より、愛理さんの生活の面倒を見る様に言われてやってまいりました、吉永良哉と申します。28歳です。宜しくお願い致します」

「宜しくって、ちょっと待ってよ。面倒見てもらわなくて大丈夫だから」

立ち去ろうとする私に、吉永は体で逃げ道を塞いだ。

「買った物を見せてください」

面倒くさい。ほんと、鬱陶しい。

渋々、袋を渡す。

「これでは栄養が偏ります。私の調査する限りですと、ほとんど毎日このような食事をしていますね」

「だから、関係ないでしょ」

私は吉永を押しのけて、歩き出した。


マンションの中へ入ればオートロックで入ってこれないだろうと思ったのもつかの間、玄関に着くと、何故か吉永が立っていた。


「なんでいるの?」

「ここで話すとご近所迷惑なので、中でお話ししましょう」

また、渋々、中へ入れる事に。



部屋の中へ入ると、吉永は辺りを見回してタブレットに何か書き込んでいる。

「なにしているの?」

「お父様へ報告です」

「報告ってなに?」

「お父様は愛理さんのお暮しをひどく心配されています。あまり学校にも行っている様子もなく、どんな高校生活をしているのだろうと不安に思われています。そこで私、吉永がお父様の代わりとして愛理さんの生活の面倒を見させていただくことになりました」

「ちょっと待って。なりましたって、私何も聞いてないんだけど!勝手に決めないでってお父さんに伝えて」

「申し訳ございません。これはお父様からのご指示なので、愛理さんのご判断通りにするわけにはいきません。何卒ご了承くださいませ」

丁寧に頭を下げる吉永を見ると、駄々をこねてもどうにもならない事が分かった。


ため息をつきながらソファにもたれかかり、買ってきたパンを頬張った。

そんな私を放置して吉永は、家の中をグルグルと見て回っている。

「そういえばさ、なんでオートロックなのに中に入れたの?」

吉永はポケットからカードキーを取り出し、私の前に置いた。

「お父様からスペアキーを頂いております」

「はぁ?何考えてんの?娘の家のカギを見ず知らずの男に渡す?ありえない!」


「今日は誰かお泊りになりましたか?」

絶望する私を無視するかのように吉永は質問をしてきた。

「あー、友達の友梨佳が泊ってる。今は仕事に行ってます」

気だるそうに答える私をよそに、吉永が淡々と続ける。


「その友梨佳さんはずっとここにお泊りになっておりますか?」

「そうだね。暫くいるよ」

「その方のお住まいはどちらですか?」

「さぁ、知らない」

「知らない?お友達ではないのですか?」

「友達だけど、最近知り合ったばかりだし、なんか家がないって言ってた」

「なるほど」


案外すぐに納得してくれたので、少し不安になり吉永をチラッと見た。

また、タブレットでなにかしてる。

うざいな。


「それでは、今日から愛理さんの生活改善プロジェクトを始めたいと思います。宜しくお願い致します」


律儀にお辞儀をする吉永を見て、実は少しだけ、ワクワクしていた。



次の朝、私はとてつもない音で目が覚めた。

ギュイーン

慌てて、音の鳴るベランダへ出て行く。

そこにはチェーンソーで木板を切っている吉永がいた。


「なにしてるんですか?」

「おはようございます、愛理さん。本棚を作っています」

「本棚?」

「はい、あちこちに雑誌や本が散らばっているので、本棚があると便利だと思ったので作らせて頂いております」


早速、疲れた。

朝から勘弁してほしい。だいたい、いつまでいる気なんだろう。


ガチャ。

玄関のドアが開いた。


「あー、疲れたぁ。もうさ、ナンパしてきた男がさー」

というところで、友梨佳はいつもと違う雰囲気に気が付いた。

「愛理、誰このおじさん?」

「お父さんが送り込んできた刺客」

「はぁっ?」


吉永は完成した本棚をテレビの横に置いた。

手作りとは思えないくらい、オシャレに出来ていた。


「えー、これおじさんが作ったの?凄い」

「友梨佳、おじさんじゃなくて吉永サン。吉永・・・」

「吉永良哉です。昨日より、愛理さんの生活改善プロジェクトの担当になりました。宜しくお願い致します」

「生活改善プロジェクト?あはは、ウケる」

鼻で笑いながらシャワーを浴びに行こうとした友梨佳を、吉永は腕を掴んで引き留めた。

「なに?」

分かりやすい友梨佳は、すぐに機嫌が悪くなった。

「ご自宅でシャワーを浴びる事をお勧めいたします」

「はぁ?なに?私、ここに住んでいるの?」

「こちらにお住まいなのは、愛理さんです。あなたの家ではありません」

「舐めてんの、こいつ?愛理、こいつなんとかして」

「友梨佳、金払ってるのお父さんだから。私の言う事一切通らない」

「あっそ、じゃあ、出てくよ」

友梨佳は怒りながら部屋を出て行った。



友梨佳が出て行くと、すぐに吉永は次の作業に移った。

淡々と掃除をする吉永を目の端で追った。

「何か?」

気づかれた。

「いや、友梨佳を追い出して満足なのかなぁと思って」

吉永はスッと立ち上がり、私の真横に来た。

「まず、規則正しい生活をして頂きます。早寝早起き、三度バランスの取れた食事、適度な運動。そして、それらがきちんとお一人でもできるようになりましたら、私のプロジェクトは終了になります」

「それまでずっといるの?」

「もちろんです。お部屋も空いていらっしゃるようなので、そちらで生活をさせて頂きます」

「ちょっと待って、一緒に住むの?知らない男の人と?」

「はい。お父様からはそのように言われています。不安になられているようなことは一切致しませんの、ご安心ください。きちんと契約書にサインもしておりますので」

「・・・」


「それでは、ここが片付きましたら食事の準備を致しますので、しばらくお待ちください」



頭の中が混乱していてパニックだった。現実逃避の電源を押した。

オンラインゲームの中は嫌な事を忘れられる。



暫くして、肩を叩かれた。

「愛理さん、お食事の用意が出来上がりました」


テーブルに着くと、目玉焼きにソーセージ、サラダにヨーグルト。こんがりきつね色に焼かれた食パンが置かれていた。

ありふれた料理だった。手が込んているわけでもなし、高級食材でもない。

どこにでもあるような普通の料理だった。

でも、なんか久しぶりだった。


「いただきます」

手を合わせて食事をするのは、何年ぶりだろう。

夢中で食べた。


「ごちそうさま」

程よく満腹になり気持ち良く席を立った。


「では、こちらをお願い致します」

吉永が渡してきたものを見て、満腹が一気にしんどくなった。


「なにこれ?」

「本です」

「見ればわかる」

「食後に読書をお願い致します」


私は、日本の経済と書かれた分厚い本をテーブルに置いた。

「食後に何をするかまで決められるの!?」

「はい、プロジェクトとなりますので、しっかりと決められた通りお願い致します」

「嫌だと言ったら?」

吉永は顔色一つ変えない。

「試してみますか?」

吉永を睨みつけて、私は現実逃避のボタンを押した。


電源が入りコンティニューを押したその時、吉永が画面の前に立ち憚った。

「見えないんでどいてください」

「読書をお願い致します」

「どいて!」

「お読みください」

「邪魔だって。始まっちゃう!」

私は怒鳴って、机の上にあったハサミを吉永に向けた。

「どいてくれないなら刺すよ」


画面の前に立ちはだかる吉永は表情を一つも変えないで、ハサミを振りかざす私に、ゆっくりと歩み寄った。

そして、ハサミを握りしめる私の腕をギュッと掴んだ。

吉永は私の顔を見て、優しく微笑んだ。

「使い方を間違うと相手も自分も怪我をしますよ」

そう言って、私の手からハサミを取り上げた。


私は、電流が流れたように1歩も動けなかった。


「こちらの本がお好きでないようでしたら、こんな本もご用意してありますが、いかがいたしましょうか?」

吉永が出してきたのは、絵本だった。

それも赤ちゃんが読むような、絵ばかりの。


なんか、笑ってしまった。

「あはは、その本にする」

私は絵本を受け取った。



それからは言われた通り、早寝早起き、三度の食事、運動を頑張った。

体を動かすことは好きだったので、むしろ楽しかった。

私は吉永に上手くコントロールされているような気がした。


「今日は公園に行って、バドミントンをしましょう」

「公園で?」

「はい、この間、近くに広い公園を見つけました。せっかく近くにあるとなれば、これは行かない手はないかと」

「確かにね」


公園までの道を吉永と並んで歩いた。

なんとなく、嬉しかった。

「ねぇ、吉永さんて恋人とかいるの?」

「いないですよ。気になりますか?」

いつも通りの淡々とした口調。

「もし、いたら寛容な彼女だなと思って。こんなに私と一緒にいる事を許す人ってそうそういないでしょ」

「確かに」

表情を変えない吉永を見ると、少し寂しくなった。



公園に着くと、友梨佳が男友達と一緒に騒いでいた。

友梨佳とは、あれっきりだった。


「あれ?愛理じゃん。まだそいつといるの?」


周りの男たちも面白そうに近づいてきた。

彼らは私たちからラケットを奪い取ると、面白おかしく羽を打ち始めた。

「おおー、面白しれぇ」

「バドミントンなんて、随分健康的になったんだね、愛理」

友梨佳は、木陰へと私を引っ張った。

「愛理、明日飲み会あるんだ。来ない?」

吉永に聞こえない様に、友梨佳は話す。

「明日?」

吉永は相変わらず無表情で男たちを見ていた。

「吉永には上手く行って出てきなよ。久しぶりに飲みに行こうよ。毎日毎日、つまんないんじゃなの?あんなおじさんと一緒じゃ。愛理がいないと寂しいんだよ」

友梨佳は私の腕を強く握った。


「行けたら行く」

「絶対来てよ!」


「そろそろ、行こう」

友梨佳は男友達を呼び、満面の笑みで手を振って去って行った。

相変わらず、ストレートな性格。

でもそこが友梨佳の良い所なんだよね。


「愛理さん、どういたしますか?」

振り返ると、ぐちゃぐちゃになった羽が落ちていた。

「最悪・・・」

「散歩でもしますか?」

「いいの?変更して」

「たまには」



並木道を吉永と並んで歩く。

暖かい晴の日差しで私の背中は汗ばんでいた。


「そろそろ、料理も覚え始めてみましょうか」

「料理・・・」

「自信ないですか?」

「ないね。それに料理なんて作れなくて買って来れば困らないし」

「確かにそうですね。でも、私は愛理さんの料理、食べてみたいですよ」

なんでだろう、たまに来るこの電流は。



次の日、友梨佳から連絡が来た。

「今日の飲み会、8時だからね。遅れないように!」

吉永にバレないように外に出ないと。

ソファに座りながら、こっそりと様子を伺う。


「愛理さん、今日は一緒に料理をしてみましょう」

「今日?」

「はい、何かご都合が悪いですか?」

「いや、大丈夫」


「では、ポテトサラダを作りましょうか」

「ポテトサラダ・・・」

「そうです。ポテトサラダです。まず、ジャガイモを蒸かしましょう」


蒸かしたジャガイモをつぶしていると、子供の頃を思い出す。

お母さんが良く作ってくれた料理だから。

いつからだろう、お母さんが料理をしなくなったのは。

忘れちゃったな・・・


「愛理さん、愛理さん?」

「えっ?」

「大丈夫ですか?」

「何が?」

「潰し過ぎです」

手元のボールを見ると、ジャガイモがベタベタになっていた。


「思い出の料理ですか?」

「なんでわかるの?」

「思い出の料理の1つや2つ、どなたにでもありますから」

隣でキュウリを刻む吉永に、私は素直に語り始めた。

「お母さんが作ってくれたのを思い出したんです。私が大好きだって言ったら良く作ってくれて。お母さんが作ってくれるポテトサラダはこんなにベタベタしてなくて、もっとゴロゴロジャガイモが残ってて、魚肉ソーセージが入ってて。それが・・・美味しくて、いっぱい食べたら・・・お母さん、喜ぶから、余計にうれしくて・・・あれ?なんでだろう・・・」

気が付いたら涙が頬をつたっていた。


「さぁ、魚肉ソーセージも入れましょう」

吉永は、冷蔵庫から魚肉ソーセージを取り出し、包丁で切り始めた。

また私は、電流で動けなかった。



ブー、ブー


スマホが鳴った。

友梨佳からだ。


私は出ようか迷った。

「出ないのですか?」

そう、促されてスマホに出てみると、友梨佳が怒っていた。

時計を見ると8時を過ぎている。

受話器の向こうでブチギレている。

「ごめん、すぐに行く」

私は現実に戻った。

「吉永さん、すみません。学校の先生に呼ばれて・・・」

「こんな時間に出すか?」

そりゃそうだ、どこの世界に夜に呼び出す先生がいるんだ。

嘘をつくならもっとまともな嘘をつかないと。

「分かりました」

意外にも、吉永はあっさり私を突き放した。

「いいの?」

「学校の先生なんですよね?」

「うん」

「後は私が準備しておきますから、帰宅されたら一緒に食べましょう」

「うん、わかった」

「愛理さん、遅くても12時までには戻ってください」

多分だけど、吉永は私の嘘を分かっている。

信じるふりをして私を試しているのかな。

少しだけビリっと電流が流れた。


モヤモヤした気持ちを吹き飛ばすように、私は走り出した。

息を切らして居酒屋につくと、昼間いた男友達の他に、5人の女も増えていた。

「愛理!遅いよ!」

友梨佳が隣の席を叩く。

「友梨佳の友達?」

「そう、みんな友達!イエーイ」

合計10人の男女が入り乱れるように、酒を飲んでいた。


「でね、愛理の家、すっごーい広いんだよ。それでね、お金もいっぱいあるんだよね。とにかく、愛理ってすごいんだよ」

酔っぱらっている友梨佳が饒舌に話し始めた。

「引き出しにお金がたくさん入ってていつでも使っていいんだよね」

「まぁね・・・」

「私もね、使ってもいいんだよね。皆も使っていいんだよ」


お金の話ばかりでウンザリしていると、隣に座っていた爽やかアイドルみたいな顔の男が話しかけてきた。

「だいぶ酔ってるね、友梨佳」

「うん」

「嫌でしょ、お金の話ばっかりで」

「えっ?」

「自分の親のお金の話なんて聞いてていい気分しないじゃない?親は親で自分は自分なんだし」

「そう、私のお金じゃないし。広い家だって、好きで住んでるわけじゃない」

「広い家って寂しいよね。ねぇ、愛理ちゃんてさ、食べ物何が好き?」

なんでかな、広い家が寂しいって事、知ってるんだろう。

「ポテトサラダ」

「ポテトサラダ?あはは、随分、可愛らしいものが好きなんだね」

爽やかアイドルは爽やかな笑顔で私を見つめる。

「じゃあさ、今度、2人でポテトサラダを食べに行かない?」

とりあえず、頷いてみる。


「俺は米潮連。22歳。よろしくね」

私は爽やかアイドルの真似をして、爽やかな笑顔を作ってみた。

「滝沢愛理。20歳。よろしく」


「みなさーん、今日は愛理が遅れたお詫びで、ごちそうしてくれるそうです!好きなものジャンジャン頼もう!」

テンションの高い友梨佳が勝手に話を進め始めた。

「友梨佳!」

小声で友梨佳を呼び止める。

「いいじゃん、お金あるんだし。それで皆が喜ぶんだったら。それに実際遅れてきたじゃん。お詫びしないと」

「トイレ行ってくる」

私のいけないところは反論するのも面倒くさくなる事。

お金を払えば、何でも上手く行く。

そう、思ってるとこ。


トイレから戻ると、友梨佳と女友達が、私の話をしていた。

なんとなく戻るタイミングを失なって、その話を壁越しで聞いていた。

「友梨佳、大丈夫なの?全額、あの子に払わせるなんて」

「平気平気。愛理にとっては痛くも痒くもないよ。それに愛理って愛想ないでしょ。取柄って言えば、お金持ってるくらいしかないじゃん。お金持ってなかったら、愛理なんかと付き合う意味ないもん。ただのお財布。今日だってさ、支払いしてもらうために誘ったんだから」

最悪だ、聞いてはいけない事を聞いちゃった。

友梨佳とは結構、仲良しだと思ってたんだけどな。

私はその場に座り込んだ。もう、嫌だ。


「愛理ちゃんどうしたの?」

顔を上げると米潮連の爽やか笑顔が眩しかった。

「なんでもない」

そのやり取りに気づいたのか友梨佳は、あからさまに私に優しくしてきた。

「愛理、どうした?具合悪い?」

きっと聞かれたと思っているんだろう。

実際、聞いちゃったしね。


「ちょっと体調悪いから、先に帰ろうかな」


支払いを済ませ店を出たら、連が送って行くと言ってきた。

「ホントに全額支払ったんだ」

「うん」

「しんどいよね」

「聞いてたんだ」

「うん、友梨佳が大きな声で話してるからさ。丸聞こえ、最悪な奴だ」

「驚いた、大抵の人ならお金あるんだからいいじゃん、っていうのに」

「そんな奴いる?」

「いるよ。ていうか、大体そんな人ばっかりだよ」

「俺、許せないんだよ。人にたかる奴。友梨佳も人の金なんだと思ってるんだよ。俺、友梨佳に謝るように言うよ」

「いいよ別に。友梨佳も大変なんだろし」

「優しいね、愛理ちゃん」

なんでだろう、なんか涙が出そうだった。

こんな事、今までも何回もあったのに。


「臆病なだけ・・・」


「ねぇ、もう少し話さない?」

連は私の手を掴んだ。




もう、とっくに12時は過ぎている。

吉永、寝たかな。

私はベッドの上で、隣に寝ている連を見つめた。


ゆっくりと連の目が開いた。

「眠れない?」

「寝たら、時間がもったない」

「あはは、いつでも愛理ちゃんのためなら時間作るよ」

私を見つめる連の瞳に吸い込まれる。


「ねぇ、どんな家に住んでるの?」

「俺の家?現在過去未来、どれが聞きたい?」

「過去」

私は迷いなく答えた。

連の過去が知りたかった。

「うーん、昔はね、すっごく広い家に住んでた。リビングはかけっこが出来るくらいの広さだったよ。最初はね、広い家に住めて喜んでたんだけど、だんだん、1人でいる時間が増えていってね。親の仕事が忙しくなって。いっつも1人でいた。冬はさ、どんなに暖房をつけても寒くて、寒くて、全然暖かくならなくて、その時、分かったんだ、ああ、1人って寂しいんだなって」

私は連を抱きしめた。

「どうしたの?」

「寒くならない様に」

「やっぱり、愛理ちゃんは優しいな」

「でもね、今は物凄い狭い部屋に住んでるんだ」




朝から雨が降っている。

濡れたまま玄関のドアをそっと開ける。


「おはようございます」

仁王立ちしている吉永が、淡々と挨拶してきた。

「おはようございます」

吉永を避けるようにバスルームへ向かった。


シャワーを浴びリビングへ行くと、昨日の夕食の用意がしてあった。

「あの・・・ごめんなさい」

私は吉永に頭を下げた。

吉永は何も言わず、私の手にコーヒーを乗せた。

「ありがとう」


「どこから話を伺えばいいですか?」

珍しくソファに座る吉永に、思わず吹き出してしまった。

「えっとね」

私はにやけながら飛び跳ねるように、吉永の隣に座った。

「これから謝ろうとする人の態度ではありませんね」

「そうですか?」

「ニヤついていますよ」

「聞いてくれますか?」

私は始めて他人に恋話をした。

そして、癖になってきたこの電流が、また流れた。



コーヒーがなくなった頃、私の話も終わった。

「なるほど、その米潮連と深い関係になり、約束の12時までに戻れなかったということですね」

「そうなの」

「それと、飲み会に行きたくて、学校の先生に呼び出されたと私に嘘をついたというわけですね」

「そう、さすが吉永さん。物分かりがいいね」

「愛理さんも大人ですから、恋愛に私が口をはさむことはしません。しかし、私に噓をつくのはやめてください。何かあった時、嘘をつかれてしまうと対応出来ませんので。任務がきちんと遂行できる様にお願い致します」

「急に他人行儀だね」


吉永は私の手からコーヒーカップをスッと取り、キッチンへと行ってしまった。

「さぁ、朝食にしましょう」

私は楽しい事だけを話して、友梨佳との事は何も言えなかった。





それから毎日、連から連絡が来た。

今何してるの?今日は何食べた?今日の月、綺麗だよ。って。

連は私の欲しものを全部くれるような気がした。


「そろそろ、ポテトサラダ食べに行かない?」

連がリサーチしてきたという、お店のURLが送られてきた。

「日曜日はどう?」

「大丈夫」


日曜日だというのに、吉永はいつも通りの作業をしている。

掃除に洗濯、朝食の準備。

そんな吉永を暇つぶしに眺めていた。

「愛理さん、今日は午後からお出かけですよね?」

「そう、連とデートへ行ってきます」

「それは良いのですが、私を見て何も思いませんか?」

「吉永さんを見て?」

「髪、切った?」

「切っていません」

「えー?眉の形が変わった!」

「昨日もこの形です。そうではなくて、私は毎日休みなく掃除、洗濯をしています。たまには手伝おうという気持ちは持ち合わせていないのでしょうか」

「なるほど。手伝います」


なんとなく、いつもやってもらうのが当たり前になっていた。

私が出来る様にならないとプロジェクトは終わらないんだった。

でも、別に、吉永がずっといてくれても良いんだけどな。

とさえ、思い始めていた。


リビングの床を拭いていると、吉永が私の拭き方をチェックし始めた。

前言撤回、ウザすぎる。

「きちんと、絨毯の下も拭いてください、雑巾は自分の手のひらのサイズに折りたたんでください」

「はいはい」

言われた通り、絨毯をめくると、ペシャンコになった靴下の片方が出てきた。

友梨佳のだ。

固まる私に吉永は、どんどん注文する。

「愛理さん、靴下は洗濯機へ持っていってください。ちなみに、もう片方はどちらにありますか?一緒にしておかないと、またなくなってしまいます。愛理さん?」

「これ、友梨佳のもの」

私は雑巾を濯ぎに洗面所へ向かった。


「お金持ってなかったら、愛理なんかと付き合う意味ないもん。ただのお財布。今日だってさ、支払いしてもらうために誘ったんだから」

友梨佳に言われた言葉が、頭をよぎる。

ホント、聞きたくなかったな・・・。


「愛理さん?大丈夫ですか?」

洗面所のドアを叩く吉永には、このことは知られたくなかった。

だから私は、連の真似をして、爽やかな笑顔でドアを開けた。

「大丈夫です」

苦しいく、体が痺れた。



気まずくなり、少し早く家を出た。

早く、連に会いたかった。


待ち合わせは駅。

人混みの中からだんだんと近づいてくるアイドル並みの笑顔。

「ごめん、遅くなって」

「お腹空いた」


連が見つけたお店は、小さな倉庫を改造して作られたカフェだった。

隠れ家のような、それでいて天井がとても高く、1人でもリラックスして過ごせそうな場所だった。

「ここのポテトサラダが絶品らいしよ」


ポテトサラダが運ばれてくる間、連は、お願いがあると相談してきた。

「美容師さん?」

「うん、美容師になるのが小さい時からの夢だったんだけど、今年やっと、入学できることになって。でも、辞めようと思う」

「どうして?」

「恥ずかしい話、お金が無くてね」

「ご両親は?」

「それがね、4年前に亡くなって。2人とも。会社の負債とかもかなりあって、もともと住んでいた。ほら、大きな家に住んでた話したでしょ?あの家、取られちゃって。だから今は、狭い部屋に住んでいるんだ」

「そうだったんだ」

「当時は諦めたんだけど、でも、やっぱり諦めきれなくて、この間、専門学校の試験受けたんだ。入学金として貯めたお金があったんだけど、この間、元従業員の人が来てさ、給料の未払いがあるとかで、払えって言われて。仕方なく渡しちゃったんだ」

「えっ?」

「仕方ない。そういう運命だと思う。だからさ、お願いがあるんだ」

「なに?」

「最後に、愛理ちゃんの髪を切らせてほしい。免許はないんだけど、これで踏ん切りつけたいんだ」

「そういうことか」

「いや?」

「嫌じゃなによ。いいよ。好きに切って」

「ありがとう」


タイミング良く、ポテトサラダが運ばれて来た。

見た目はどこにでもありそうな、そのポテトサラダには、珍しく魚肉ソーセージが入っていた。

私は、魚肉ソーセージとジャガイモとキュウリを一緒に口の中へ入れた。

懐かしいこの感じ。


「いいよ。出してあげる」

「なに?愛理ちゃん?」

「お金、入学金、私が払うよ」




「ダメです」

吉永は朝食の準備の手を止めて、いつになく強い口調で私に言った。


「他人にそんな大金を渡すのは良くありません」

「他人じゃないよ。付き合ってる」

「付き合っていてもです」

「じゃあ、結婚すればいいの?」

「そういう事を言っているのではありません。まだ米潮連の事を良く知らないのではありませんか?」

「知ってるよ。22歳で、4年前に両親を亡くしてる」

「住所は?生年月日は?職業は?ご両親の会社は?」

私は、言葉を詰まらせた。

「違う形でサポートして差し上げてはいかがですか?」

「違う形って?」

「うーん、例えば、バイトを紹介するとか。美容師の資格が無くても美容院で働きながら、夜間学校に通って資格を取ることも出来ます。そういったアドバイスなどをしてはいかがですか?」

吉永は私の前に、パンとサラダを置いた。

「こうやって朝食を準備することをサポートですよ」

「それじゃあ、私がいる意味がないじゃん」

私は吉永を見れなかったけど、吉永は私をじっと見ているような気がした。

「お金を払わなかったら、私が一緒にいる意味がない!」

また、苦しくなって体が痺れた。

「愛理さん?」

「お金が無かったら、連と一緒にいられなくなる」

「お金で人は繋ぎ留められませんよ」

「大体、うちの親だって同じことしてるじゃん。お金で人を繋ぎとめてる。私にお金だけ渡して、プロジェクトだなんだって吉永さんを送り込んできて、自分たちの都合の良いように生きて欲しいだけじゃん」

吉永はゆっくりと私の向かいの席に座った。

「今日は一緒に朝食を頂きますか?」

そう言って、サラダを食べ始めた。

「友梨佳さんに言われたことを気にしているのなら、間違いです」

「えっ?」

「お金を持っていなくても、愛理さんにはそれ以上の価値があります。愛理さんはとても心が綺麗です。そして、どんな人にも分け隔てなく接することが出来ます。それでどれだけ救われたか」

「なにそれ?それのどこがいいの」

「見ず知らずの私を快く受け入れてくれました。理解して頂くまでかなり時間がかかると思っていたのだですが、愛理さんはあっという間に私を信用してくださいました。友梨佳さんの事もそうです。困っているという友梨佳さんを助けようと、家に住まわせ、一緒に生活をするというのはなかなか出来る事ではありません。これは愛理さんが相手の気持ちを考えられるからこそ、出来る事です」

「でも、それは外れ。友梨佳にとっては私はただの金ずるだった。良いように利用されてただけ」

「それでも、友達だと思っているのでしょう?」

なんで吉永は、私の心を読めるんだろう。

「友梨佳さんが取った行動は、友梨佳さん自身の問題です。愛理さんは愛理さんのままで、そのままで十分です」

吉永はサラダを食べ終えると、パンにバターをつけて食べ始めた。

「愛理さんは愛理さんの人生です。お父様の人生はお父様、お母様の人生はお母様のものです。自分の人生をわがままに生きていいんです。誰かのためにやりたい事を諦めなくて良いんです。お父様とお母様は愛理さんに寂しい想いをさせているを仰っていました。でも、自分たちが一生懸命働いている姿を見せる事が、愛理さんがご自分の人生を一生懸命に生きる事につながってくれればとも、仰っていました。お金を沢山渡しているのも、可能性を広げてほしいと、やりたい事が何でも出来る様にと渡してくれているんです。お金が無くて夢を諦める事が無いようにと。ご両親から頂いているお金は愛理さんのために使うお金です。人の夢を叶えるために使っていいお金ではありません。ご両親も愛理さんの事を信じておられます」

「信じるってなに!?」

私はパンを吉永に投げつけた。

私が欲しいものはそんなんじゃなかった。

「私がしたい事が何かも知らないくせに!信じるとか言わないで!」

吉永は食べかけのパンを皿に置き、ゆっくりと本棚を指差した。

「大事な本は、きちんと本棚にしまわないと、汚れてしまいます」

吉永の作った本棚にはジャンル分けされた本が綺麗に並んでいた。その大半はスポーツ関係の本だ。

少しづつ痺れが取れていく。

「スポーツトレーナー、良い職業です」

「知ってたの?」

「本棚に片付けたのは私ですよ。お父様、お母様もご存知ですよ。それも踏まえて応援してらっしゃいます」

「嘘、許すはずない」

「いいえ、応援していますよ」

そう言い終えると、吉永は残りのパンを食べ始めた。

「一緒に食べるのも悪くないですね」

そう、微笑んだ。

微量の心地よい電流が流れる。



いつものカフェには私が先についた。

約束の時間まであと、3分。

時間通り、連が来た。

「ごめん、待った?」

「全然」

「明日が期限なんだ」

「明日?」

「うん、入学金支払いの」

「そうなんだ。私、考えたんだけど・・・」

「なに?」

「私が払ったお金で連が学校に通うのって良くないのかなった。結局人のお金だし、本当に連がやる気あるんだったら、昼間働きながら、夜間学校に通う事も出来るし。私ね、色々調べてきたんだ。夜間学校があるところ」

そう言って、私は連にパンフレットを見せた。

なんとなく予想はしていた。

「ふざけんなよ。払うって言っただろ」

「そうだけど、私、もう決めたから。信じれる相手にしかお金を出さないって」

「なんだよそれ、俺の事が信じられないっていうのかよ」

「ごめん」

「なんだよ!ふざけんな。何のために近づいたよ思ってんだよ。友梨佳にしたように、俺にも金くれよ。沢山あるんだからいいだろ?」

連は私のバッグを奪い取ろうとした。

「ごめんね、連」

何度も謝る私に嫌気が差したのか、連は何も言わずに出て行った。

また、1人ぼっちだ。さすがに2連続はキツイな。

外をぼんやり眺めていると、席に誰かが座った。

目の前の席を見ると、吉永が座っていた。

「なんで?」

「1つ言い忘れていました。生活改善プロジェクト。これは愛理さんを1人にしないというミッションも含まれています。何があっても吉永が側にいることぉお忘れなく」

「うざすぎる」



今、わかった、あの電流の意味が。


子供の頃、お母さんが腕を広げていて、その腕の中に飛び込み前のあのビリビリ。嬉しくて、恥ずかしくて、くすぐったい、あの電流だ。




終わり



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