黒に染った彼らに想いを馳せて【暗黒館の殺人読了】
ミステリは読む前に少しの情報も取り入れてしまってはいけない。まだ暗黒館に足を踏み入れていない人は、申し訳ないが引き返して欲しい。
新本格ミステリが好き。それぞれの目的や経緯がありながら、集まるべくして集まった数人が、これもまたそうなるべくしてそうなったかのような怪しげな舞台で、何かが起きることを、私達読者という視点が、そして彼らが待ち構えている雰囲気は、いつまで経ってもドキドキする。
綾辻行人の館シリーズ7作目、「暗黒館の殺人」。全4巻およそ2500頁に及ぶシリーズ一の長作。私はおよそ1ヶ月と1週間、暗黒館に滞在した。中弛みしなかったと言うと嘘になるけれど、やはり終盤に進むにつれてどうしようも無く惹き込まれるし、先を追い続けてしまうし、最後には結局いつものように綾辻行人の手品に踊らされていた。
このシリーズと切っても離せない存在、中村青司。私は彼が造り上げる不思議な館には惹かれるけれど、彼自身に特に思い入れは無かった。不幸な人、哀れな人だとは思うけれど、他の読者と比べるとやはり彼への関心は薄い方だと思う。
今作を読んでいく中で、詩人の名を愛称としていた彼についても、そこまで感情移入はしていなかった。それがまさかのどんでん返し。実は読んでいて何度か「まさかそうなのか?」と思うことはあった。けれどこれが時を超えた物語であることに最後まで気付かなかった私は、あくまで彼は「中也くん」でしかなかった。
彼にとっての暗黒館での数日間は、そこまで彼の今後の人生に影響を与えてしまうのか、と何故か読了後にとてつもなく悲しくなった。言われてみれば、これまでの舞台となった館の至る所に、この数日間を思い返す要素が隠れている。確かにあまりにも黒く濃い数日間だったかもしれない。けれども、愛する娘が己の妻と実の弟の間に産まれた「悪魔の子」「罪の子」だったという事実に嘆き、緋の祝祭で自身の命を捨てた彼を想うと、最期までダリアの呪いが彼を包み込んでいたんじゃないかと思ってしまう。
私達がこんなにも恐れていた、まるで全ての元凶とも思っていた風変わりな建築家が、「ただの少年」だったことにショックを受ける読者はきっと私だけじゃないはず。
彼が暗黒館を脳裏に浮かべた時、きっと嫌でも思い出していたであろう彼より幾つか年上の男性。ちょっとした事故で出会い、少しの間生活を共にし、そして全てに巻き込んだ原因である、彼にとって忘れられないであろう友人。
彼のことは、今でも変わらず「玄児」と呼んでいたい。己は冷静で在ろう、他の家人とは違っている、間違ってなどいない、と居たがるような言動をしているくせにきっと誰よりも浦登家の人間であることにアイデンティティを見出していた彼が全てを知った時、一体どれだけの喪失感や虚無感だっただろうか。思わず揺れる瞳を年下の友人に向けた時、彼の心情はまるで迷子かのような、急に足元が不安定になったような、誰かの夢を見ているような不現実な気持ちだったに違いない。
実際に体験したのに全く何も覚えていないという"記憶"と、実際には体験していないのにあたかも忘れているだけと無理やり思わされている"記憶"とでは、きっと何もかもが違う。全てを知った上で、彼はやはり18年前に1度死んでしまっているんだなと実感する。
議論されている「家人に1人、優秀な医師」というのは、やはり彼のことを言っているのだろう。と私は考えている。中には「それなら征順が当主をしていないであろう」という声もあるそうだけど、本当にそうだろうか。浦登の人間であることに、ダリアの血を濃く受け継いでいることに良くも悪くも己の存在意義を見出していた彼が、全ての真実を知った後も、それまでのような顔をして生きているとはどうしても思えない。自分はそんな立場では無いのだと、叔父に話している姿が想像できてしまう。
まああくまで一読者の考察であり、彼に感情移入をしている私の押し付けがましい意見に過ぎないかもしれないが。
直後に遺体としてすら見つからなかった彼がどうやって生きているんだ、と反対の声も聞こえるはず。それはそうだし、それに何か論理的に説明できることはない。
ただ、そこはまあ、彼は「ダリアの肉を食べている」「18年前に復活を遂げている」ことが何よりも根拠となるでしょう?
彼等は、本当にその後に会うことは2度と無かったのだろうか。きっと私達には計り知れない、互いの人生に大きく影響を与えてしまった、あの日に出会ってしまった彼等は、友人同士は、あそこで、言葉を満足に言い切れないまま、終わってしまったのだろうか。そう思うとこんなにも切なく、苦しくなるのは、綾辻行人の魔法のひとつなのだろうか。彼が変わった年上の友人と過ごした数ヶ月間は、彼が詩人の名で呼んでいた友人と過ごした数ヶ月間は、どれだけ特別な時間だったのだろう。
私はきっと、いつまでもこの一瞬で、切なくて、妖しくて、恐ろしい彼等のことを何度だって恋しくなる。
物語を読んでどうにも煮えきらなかった想いをタラタラと綴った文章。ここまで一気に打ったのできっと拙い言葉が並んでいるはず。誤字もきっとあるんだろう。けど読み返そうとは思わないし直そうとも思わない。正しい文章が書きたくて、こうしているわけじゃないから。もしここまで読んでくれている方が居たらどうも有難う。
貴方に、ダリアの祝福がありますように。