シーソーシークワーサー 【06 しおらしいカレシカノジョ】
ふと、目が醒めた。
どれくらい寝たのかも、時間感覚がおかしくなるが、いやにスッキリした目覚めに驚いていた。船の上にいることも忘れていたのだ。
船の揺れは出港時よりも緩やかだ。それでいてこのロングストロークは、凡人の体を揺すり続けていた。
鹿児島までは、あとどれくらいなのだろう。
個室を出て、しばらく船内を歩く。いつの時代からこの船に乗ってあるかわからない、レトロなじゃんけんゲームと、記念メダルコインの自販機を過ぎると、外に出た。
デッキに吹き付けてくる細かい霧ような潮風は、容赦なく凡人の顔を濡らした。個室で寝ていた時よりも、揺れは大きく感じる。毎日磨き上げていた靴に、潮がかかっていくのが気になった。
乗船した時と同じテンションの学生たちは、インスタのストーリーに夢中になってキャーキャー騒いでいる。その甲高い声には、キヨのことを思い出した。
◆
キヨはホール係だった。
「春未さぁん、今日、アフター入ってなかったら、ラーメン、行きません?」
「珍しいな、おまえから誘ってくるなんて」
「だぁって、誕生日、なんですよぉ」
「はは、カノジョじゃなくていいの?女の子、呼ぼうか?」
「いいんですぅ。僕わぁ、春未さんとイキタイんですぅ」
「わかった。27時には全部締めて、行けると思う。待たせてわるいな」
「待たせて〜。僕わぁ、待つの大好きなんですからぁ」
可愛いヤツだった。
俺がする事なす事全てに、イエスという。それでいて適切な距離感を知っていて、俺をいつもNo. 1として立ててくれた。そのことで、競っていたアイツの嫉妬が倍増したのだが、それでもキヨの根回しはごく自然で、心地よかった。
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