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修論構想発表におけるFAQの傾向と対策(1)

*この記事は10年位前に院生指導のために書いていた文章のリサイクルです。想定する分野や大学院の”水準”は、私の専門分野・所属先をイメージしています。


はじめに

修士論文の構想についての研究発表は緊張するものです。特に、話し慣れた指導教員以外の教員やDの先輩から発せられる厳しい質問は、誰もが心をえぐられます。

しかし、重要なのはその場をやり過ごすことでも、ショックを受けることでもなく、自分の研究を改善するヒントを質問に見いだし、論文に活かすことです。では、よくあるタイプの質問(FAQ)からは何を読み取ることができるでしょうか?何を聞かれているのか一見よく分からない質問にも、必ず意図があります。

この文章では、大学院の研究発表の機会にしばしば教員からなされる典型的な質問を類型化し、その質問が実際のところ何を問うているのか、それに答えるためには何が必要か、答えられない場合は発表者がどういう問題を抱えているのか解説するものです。それを通して、修士論文の執筆に必要な準備として何を行うべきか考えたいと思います。

これを書こうと思った背景には、頻出の質問であるにも関わらず答えることができない大学院生の方が少なくないと感じてきたからです。研究発表の場でのFAQは研究を進める上で重要なポイントが含まれており、それに答えられない場合は論文作成につまづく可能性があります。

そのつまづきを乗り越えられない場合、留年や中退に至ってしまうことがあります。ここではFAQへの良い回答例を示すというよりは、その質問がどういう意味なのかを読み取ることで、研究がスタックしてしまうことを早めに回避することを目指しています。

1.問いや目的に関する質問

  • リサーチクエスチョンをもう一度、簡潔に言って下さい

  • あなたが本当に知りたいことは何ですか?

  • 何を明らかにしたいのですか?

  • 何をやりたいのですか?

これらは、研究対象は決まっているけれど、そこから何を明らかにしたいのか不明な場合に聞かれます。つまり、その対象を調べることによって「何をどこまで明らかにするのか」「論点は何か」「問いは何か」が問われている、と理解すべき質問です。研究の問いや目的が伝わっていないということで、それが明確ではない場合に上記の質問が来ます。

あなたの研究対象(例えば「アニメ聖地巡礼」)が定まっているのに上記の質問が投げかけられる場合、「アニメ聖地巡礼を対象とする」以上のことが決まってないのではないか、と疑われています。「アニメ聖地巡礼」をどのような視点で分析し、そこから一体何を明らかにしたいのか言語化ができない場合、問いや目的がきちんと存在しない可能性があります。研究の仕方について学び直す必要があります。

2.対象選定の理由に関する質問

  • なぜ○○という事例を選んだのですか?

  • なぜ××という場所でフィールドワークをするのですか?

これらは、研究対象や事例を選択した学術的な理由についての質問です。対象選択は、単にそれが面白そうだから、好きだから、近いから、という理由だけでは選べません。

事例というのは、すべて「何かのテーマが具現化した現象」です。例えば「ネットカフェ難民」は、「若年層の貧困化」「経済政策における瑕疵」等が具現化したケースです。「東京都新宿区におけるネットカフェ難民」という事例を分析することで、「若年層の貧困化が生じたメカニズムを明らかにする」というテーマを研究することが可能になります。

このように、「事例」には、個々の場所や事象を越えた普遍的な性質や、他でも見られる何らかの性質や傾向を見いだすことができます。そのような普遍性や傾向が、個別の対象を超えた、考える価値のある問いに繋がります。その意味で、あらゆる事例研究は一つのケーススタディです。

「なぜ○○という事例を選んだのですか?」と質問されたら、その事例(事象や場所)を扱うことで、どういう問いを立てることができるか、どういうテーマを見いだすことができるのかを考えて答えてください。そして、そのテーマを論じるにあたって、その事例がなぜ妥当といえるのかを説明します。それを問われている質問です。

従って、これに答えられない場合は、事例からテーマや論点を引き出せていない、もっと言うと、研究における問いや目的がまだ見つかっていないということを意味しています。

3.独創性についての質問

  • 研究のオリジナルなところは何ですか?

  • ○○学において、あなたの研究はどういう学術的な貢献があるのでしょうか?

  • 先行研究との違いは何ですか?

  • 研究上の仮想敵は?

  • 事例についてはよく分かったんですが、事例から導き出した学術的な意義は何ですか?

  • 何が新しいんですか?

これらは、研究成果(結論)が先行研究に比べてどういう新規性を持っているのかを問われている質問です。研究成果とは、新たな知見を広げたものでなければなりません。「何をどこまで明らかにしたいのか」という研究の目的から得られる見解、アイディア、主張のことです。従ってこの質問も、基本的には1と同じことを聞かれていると理解して良いでしょう。

先行研究との違いは以下のプロセスから導き出されます。

①先行研究をレビューし、そこに課題(足りない部分/瑕疵)を見いだす
先行研究の課題を見据えながら、それを超克する自分の研究目的を設定する
③その目的に応じる結論を出す

このプロセスを踏襲することで、先行研究との違いや新規性は自ずと導き出されます。その違いや新規性というのが学術的な貢献です。ちなみに「仮想敵」を設定するのは、自分の研究テーマに関連するもっとも影響力のある研究(者)や、到達点にあると思われる研究(者)を探しだし、それを乗り越えることで自らの研究のオリジナリティを探究するひとつの方法です。言うまでもなく、個人的な敵対意識を持つことやスケープゴートを探すというのとは異なります。

従って、「何が新しいんですか?」という質問に答えられない場合は、以下のケースが考えられます。

  • 先行研究のレビューがきちんとできておらず、先行研究上の課題を見いだせていない →勉強不足の可能性があります。

  • 研究対象から何を論じたいのか、どういう問いを持って、何を明らかにしようとしているのか、自分の中で明確にできていない →テーマが見いだせていないので、先行研究と自分の研究との知見の違いを明確に認識できていないということです。1に立ち戻って研究の方法を再検討します。

「何が新しいんですか?」系の質問に対する逃げ方として、「資料的価値がある(集めてきたデータには新しさがある)」というものがあります。これは論文査読において、最低限の評価はできる、という意味で使われがちな言い方です。人類学では、「民族誌としては良いんだけどね(論文としてはダメ)」というのもあります。いずれも、事例の集積でしかなく、問いが弱い/分析や考察が不十分という意味です。

まだ誰も調べていないことについて調べた、ということの意義がないわけではありません。しかし、情報を調べて集めることだけでは研究ではありません。集めた情報を総合すると何が言えるのか?その「言えること」は先行研究にはない新たな知見か?という点に留意しましょう。

なお、真に先行研究がない場合もありえないわけではありません。もしそうだとすれば、まだ問われていない重要な問いを発見したということであり、誇るべきことです。他方で、問う価値があるにも関わらずまだ問われていないとすれば、研究計画書において、先行研究がない理由についても言及した方が良いでしょう。
(2につづく)


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