再掲載:短編小説「ドキュメンタリー」
「こんなの使い物にならないよね?」椅子に深く腰掛け、1枚の画像が映るパソコンを見ながら番組プロデューサーの女性は呟いた。言葉こそ普段の女性と何ら変わりはないが、節々に怒りの感情が込められているのを、机を挟んで直立する男性ディレクターは感じ取っていた。
それもそのはず、今女性が見ている画像は男性本人が撮ったものである。自信のあった企画が最後の最後、他人の手により台無しになることはこの業界ではよくある。男性自身も経験がある分、心の底から申し訳ない気持ちと、この企画会議室に自分だけを呼び出し、後輩のアシスタントたちに叱責される姿を晒さないで済む配慮がされていることに、少しばかり安堵していた。
「この画像が今回のドキュメンタリーの目標となるよう、帯同したスタッフは勿論、出演者の方々もこの企画をスタートしたんだよね?」男性を問い詰めるように、女性は話し始めた。「はい……。その通りです。現場へ行き、自国の旗を立てその前で出演者全員の写真を撮る。3年以上にわたる密着取材をまとめ、1クールの特別番組としての放送を企画しておりました。愛国心の低い我が国でも、このドキュメント番組を通して敬愛精神及び——」「その企画の柱がこれでどうするんだよ?」女性は男性が話終える前に、問いただし机の上のパソコンの画面を男性からも見えるように向けた。
画像には自国の旗の前でポーズをとる年齢に均一感のない男女が7名。地面は舗装されていない砂利道のようであり、旗以外の背景は夜の為か真っ暗闇である。一見だけでは違和感には気づかない。しかし、スタッフや出演者など、このドキュメンタリーに深くかかわっている人間ならばこの画像を見ると瞬時に悲鳴をあげる。一番右端にいる半袖半ズボンの男性——。誰も彼を知らないのである。それもそのはず、このドキュメンタリーの出演者は男性3名、女性3名で制作していたものである。
「足はありますね」男性はジョークのつもりで女性に話したが、睨まれるばかりで返答はない。
「誰かスタッフが入り込んだとか」まだくだらないことを言う男性に対し、女性は小さく舌打ちを返した。
少しの沈黙の後、女性が「私は超常現象を信じてない」と、話し始めた。「でも、これは科学では説明できないよね?あり得ない。絶対にありえない。絶対に」最後の言葉は男性に対してというよりも自分自身に言い聞かせているようであった。そして彼女はパソコンを自分の方へ戻し力なく、こう続けた。
「我が国初の試みである、有人月面着陸ドキュメンタリーがこんなことになるなんて……」写真に写る男の表情だけはやけに明るい。しかし、他の6名については宇宙服着用のため残念ながら表情が読めない。