【書評】本格ミステリを愛する方も気持ちが満たされること間違いなし。――有栖川有栖『濱地健三郎の呪える事件簿』【評者:伊吹亜門】
本格ミステリを愛する方も気持ちが満たされること間違いなし。
評者:伊吹亜門
怖い話が好きだ。怖い話が論理的に解決される話はもっと好きだ。怖い話が論理的に解き明かされたものの、最後にやっぱりよく分からないものが残る話はもっともっと好きだ。そのため『濱地健三郎の呪える事件簿』は、私にとってまさに直球ど真ん中の作品だった。
黒髪をオールバックに撫で付け、仕立ての良いスーツに身を包んだ年齢不詳の心霊探偵、濱地健三郎と、彼の優秀な助手である志摩ユリエ。この二人が様々な怪奇現象と対峙する本作は、『濱地健三郎の霊なる事件簿』、『濱地健三郎の幽たる事件簿』に続く第三短編集である。
収録された六作はいずれもコロナ禍が舞台となっており、前二作から作中の時間もゆっくりと経過している訳だが、本作から先に読んでも決してその面白さが損なわれる訳ではない(刊行通りに読んだ方が趣深いことは云うまでもないのだけれど)。コロナ禍ではお馴染みのオンライン飲み会での怪奇現象を描いた「リモート怪異」、頭部と両手首が無い幽霊の正体とその意図を探る「戸口で招くもの」、濱地探偵事務所に届いた異形のSOSの送り主を捜す「囚われて」、信じ難い偶然で結ばれた探偵と怪異の縁に戦慄する「伝達」、古物商が禍々しい波の幻想に苦しめられる「呪わしい波」、市井の歴史家に取り憑いた怪異の居場所を探る「どこから」……いずれの作品も、出現する怪異やその解決方法などには猛威を振るう新型コロナウイルス感染症の存在が大きく関わってくる。
文藝春秋が運営するポッドキャスト《本の話》に於いて、作者の有栖川有栖は本シリーズを「ミステリと怪談のハイブリッドというよりも(略)どちらに行きそうでどちらでもない」と紹介している。
ミステリ、殊に本格ミステリとは、不可解な現象を合理的に、かつ読者にとってアンフェアとはならないように解き明かす物語だ。即ちそれは、怪談から最も遠い位置に存在する。人間は理解の出来ない現象に恐れ戦くのであって、謎を解くということはまさにその恐怖の源を解体していくことに他ならないからだ。
本書でも、全ての謎が理路整然と解き明かされる訳ではない。濱地は依頼人の求めに応じて怪異を究明または打破するものの、それでもなお解明されないまま残る謎は存在する。
謎が残るんだったら、ミステリとしてはやっぱり薄味なんだろうな——と思ったあなた、断じてそんなことはありません。シックでロジカルな本格ミステリの創り手である有栖川有栖作品の魅力は、本作でも遺憾なく発揮されている。各話で何気なく挿入されているエピソードが終盤に伏線として回収される様はまさに本格ミステリの手法であり、「戸口で招くもの」や「囚われて」には上質なミステリでこそ味わい得る逆転の構図が隠されている。怪談好きな読者は無論のこと、本格ミステリを愛する読者諸氏も気持ちが満たされることは間違いない。
本作では、怪異に悩む依頼人が濱地探偵事務所へ辿り着く経緯がよく描写されている。真に濱地の力を必要とする人間には、自ずとその路が開けるのだという。斯く云う私は、生まれてこのかた幽霊は疎か、人魂のひとつにも出くわしたことはない。面白半分であちらの世界に足を踏み入れたらとんでもない目に遭うと思っているので敢えてその一線を越えようとは思わないが、それでも興味は尽きないものだ。自分の許にも〈覚えやすい語呂合わせになっている〉と作中で紹介される濱地探偵事務所の電話番号が現れてくれるのならばついふらふらと境界を跨いでしまいそうだが、哀しい哉、そればかりは望むべくもないので矢張り止めておこう。