【インタビュー】連載小説「石の刃」米澤穂信×星野 源 コラボレーションの全貌とは――星野 源インタビュー
俳優、音楽家、そして文筆家という三つの肩書きを持つ星野源。今秋刊行された約七年半ぶりの最新エッセイ集『いのちの車窓から 2』は、既に一三万部を突破しベストセラーとなっている。また、本誌今号より連載が始まった直木賞作家・米澤穂信が初めて挑むリーガルミステリ「石の刃」では、俳優としての顔を見せている。カメラの前で小説の主人公である弁護士の絵島を演じた姿が、連載の扉写真を飾っているのだ。実はこの連載は、星野と米澤の交流から生まれたものだった。今回のコラボレーションの全貌を、星野の口から語ってもらった。
取材・文:吉田大助 撮影:永峰拓也
スタイリスト:中兼英朗 ヘアメイク:廣瀬瑠美
※本記事は、雑誌「小説 野性時代 特別編集 2024年冬号」(2024年11月22日発売)からの一部転載となります。
笑顔の塩梅を探りながら――星野 源インタビュー
──星野さんは、雑誌「ダ・ヴィンチ」で米澤さんと二度対談されています(二〇一七年五月号、二〇一八年一二月号~二〇一九年一月)。ラブコールを送られたそうですね。
星野:自分の特集を組んでいただくことになった時に、対談してみたい作家さんはいますかと聞かれて、米澤さんの名前をあげさせてもらいました。以前は小説を読むという行為に苦手意識があったんですが、『満願』(二〇一四年)から米澤さんの作品にハマって、小説を読む楽しさを教えてもらったんです。最初の対談をした後で、僕のコンサートに来ていただいたり、編集さんも含めてお食事に行ったりと、交流が始まりました。今回の企画のお願いをしたのは、二度目の対談をした日の夜、お食事をしながらでした。
──星野さんが提案した企画だったんですね!
星野:米澤さんと僕をつないでくれた「いのちの車窓から」の編集さんが、『騙し絵の牙』(二〇一七年)という小説を企画された方だったんです。それは、作家が俳優を主人公にあてがきして小説を執筆し、その主人公を俳優が演じて撮影、その写真が毎回の連載や単行本に載るというヴィジュアルと小説の連動企画でした。その編集者さんと一緒に米澤さんに今回の件をご相談したんです。米澤さんはめちゃくちゃお忙しい方なのでダメ元という感じではあったんですが、「今後書く予定の作業がいくつかあるので、その後だったら」と言ってくださって。なので、ずっとお返事を待っていて、そして数年前に、こんな感じのスケジュールならできますとのお返事をいただいて企画が動き始めました。その時から数えると、六年越しの企画実現ですね。
──「石の刃』は米澤さんにとって初となるリーガルミステリで、主人公は弁護士の絵島です。内容に関して、話し合いなどされたのでしょうか?
星野:いえ、作品に関しては米澤さんに全てお任せでした。「こういう役をやりたい」みたいなリクエストもしていなくて。コロナ禍の時にオンラインで何度か打ち合わせもしたんですが、こういう話が好きですとか、こういう話はちょっと苦手です、というヒアリングの時間があったくらいです。ただ、いよいよ企画を本格的に動かそうとなった時に、米澤さんから長編のプロットを二ついただいたんです。本当にありがたいことに、どちらがいいか選んでください、とおっしゃってくださったんですよね。それで選んだのが、「石の刃」でした。
──選んだ理由とは?
星野:ストーリーの面白さはもちろん、主人公を自分が演じると考えた時に、イメージがしやすかったんです。米澤さんの作品を僕が好きなポイントはいくつかあるんですけど、そのうちのひとつが、人間への眼差しです。ミステリーの部分も常にめちゃくちゃ面白いんですが、人間を駒にしていないというか、ミステリーの仕掛けに人間の心が付き合わされていない。登場人物ひとりひとりが、汚いところも美しいところもある人間としてしっかり描かれている。そのポイントが、絵島という人間に色濃く出ていると感じたんです。
夢は映像化。演じること以外にも関われることがあるかな、と
──連載スタートとなる今号には、「第一章 弁護人選任届」が掲載されています。原稿をお読みになられたご感想は?
星野:最後まで書かれたプロットを見ているので、どんな展開になるか知ってはいるのですが、実際の原稿では短い枚数の中に人間性がたくさん詰まっていて、ものすごくワクワクしました。例えば、冒頭は裁判の場面から始まりますが、依頼人の社長に「つまり先生、勝ったんですよね」と聞かれて、絵島は「ええ。勝訴ですよ、社長」と答えるじゃないですか。でもその少し先で、事務所の部下である三条に「勝訴だよ、三条くん」「ぼくに『勝訴』だなんて」と言ってくすりと笑っている。民事裁判には勝訴も敗訴もなくて、この社長には勝訴って言っておけば分かりやすいだろう、ということですよね。依頼人の気持ちとか判決後のことはもう知らないというある種の冷たさがあって、かつこの人はステレオタイプな弁護士ではないなって感じがして面白かったですね。イメージがどんどん湧いてきました。なんていうか、ツンデレではないって感じがするんでしょうね。デレがないというか、デレのためのツンツンではなくて、この人はもうこの人なんだって……。絵島の持っているそのようなものが物語を動かしていくんだろうなと思うと、すごく楽しみですし、早く続きが読みたいですね。
──星野さんはこれまで、弁護士役を演じられたことはあるのでしょうか?
星野:ないんです。コントであったかな、ぐらいだと思います。
──さきほど、連載用の扉写真の撮影があったそうですね。絵島になりきっての撮影だったと聞いていますが、絵島のセリフを思い浮かべるなどされていたのでしょうか。
星野:小説の文言を、というよりは、絵島の状態をイメージしながらの撮影だったと思います。例えば、第一章を読むと、絵島は笑顔が印象的じゃないですか。小説の文章そのままの笑顔を僕がしっかり作ってしまうと、かなり柔和に写ると思ったんです。親しみのある、優しい弁護士さんになってしまう。でも、絵島の笑顔って、どちらかというと相手を操るためのものですよね。笑顔の塩梅を探りながら撮っていました。
──本作品は小説を米澤さん、ビジュアル面に関しては星野さんが担当されている、共同創作という形と伺いました。
星野:そうですね。企画としては、僕が写真についてのディレクションを務めるかたちです。衣装に関しても、いつも自分のスタイリングを担当してくださっている人がスーツのプロフェッショナルなので、あれこれ相談しながら絵島らしい一着を決めました。スケジュールの都合もあり、撮影自体は終わっているんですが、今後は一話ごとに原稿を読んで、たくさんある候補の中から写真を選びたいと思っています。
──『いのちの車窓から 2』は全国書店の売上ランキングで一位を獲得しています。たくさんの人が、この本を買うために書店へ足を運んだ証しです。「石の刃」も、この連載を読むために小説誌を初めて買った……という人がたくさん出てくるんじゃないかと夢が膨らんでいます。
星野:そうだとしたら嬉しいですね。夢という意味では、「石の刃」は映像化を目指しています。俳優が企画段階となる最初から、原作となる小説に関わることってなかなかないじゃないですか。映像化の際は、演じること以外にも関われることがあるかなと思うので、僕もどんどん夢を膨らませていこうと思います(笑)。