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【書評】縦横無尽の伏線×キレのあるバトルシーンの本格ミステリ!―『バーニング・ダンサー』レビュー【評者:千街晶之】

縦横無尽の伏線×キレのあるバトルシーンの本格ミステリ!

評者:千街晶之(書評家)

 世の中には、一冊の本を数日かけて読むタイプの人もいれば一日に何冊も読める速読家もいるけれども、どんな本でも同じスピードで読むという人は珍しいのではないだろうか。例えば、スピーディーな展開のアクション小説なら内容に合わせて速く読めるが、同じペースではドストエフスキーの小説は読めない、といった具合に。
 ならば、阿津川辰海の新作長篇『バーニング・ダンサー』はどのようなペースで読むのが相応しい本なのだろうか。
 二年前、地球に隕石が落下し、それを機として世界中に「コトダマ遣い」と呼ばれる特殊能力者が現れた……というのが本書の世界観の基本設定である。彼らはコトダマの力を持ち、言葉に応じた能力を発揮することができるという。例えば、コトダマが「燃やす」なら発火能力、「透ける」なら透明人間になる能力、「爆ぜる」なら爆破能力……といった具合に。ただし、一つのコトダマに対して、それを持つ人間は地球上に必ず一人……という法則がある。
 主人公の永嶺スバルは、元警視庁捜査一課の刑事で、犯罪者を憎み、ホシを挙げるためなら違法捜査も辞さない男だが、相棒を失ってから毎晩悪夢に悩まされていた。そんな彼が、新しい部署への異動を命じられた。「警視庁公安部公安第五課 コトダマ犯罪調査課」、略称「SWORD」である。スバルがそのメンバーに選ばれたのは、彼がコトダマ遣いだからだ。のみならず、上司である課長の三笠葵も、他のメンバーもみなコトダマ遣いである。それぞれ異なるコトダマを持つ捜査官たちが、コトダマ遣いによる犯罪に立ち向かうことになったのだ。
 彼らが担当した最初の犯罪は、電力会社の社員二名が殺害された事件。被害者のうち一人は一瞬で焼き尽くされて炭化しており、もう一人は全身の血液が沸騰したような死にざまだった。「燃やす」のコトダマ遣いの犯行である可能性が高い。「燃やす」のコトダマ遣いは、二年前に既に殺人を犯していた。
 永嶺スバルの視点とは別に、本書には犯人視点の章も存在する。といっても、「燃やす」のコトダマ遣いではなく共犯者の視点だ。この人物がどんなコトダマを遣うのかは伏せられており、「SWORD」側からするとどのように戦うべきか対策を立てられないのである。
 この戦いで、「SWORD」側にとって不利な点は他にも存在する。もし、あるコトダマ遣いが死んだ場合、彼ないし彼女の持っていたコトダマは、誰だかわからない他の人物によって引き継がれることになっている。従って、敵のコトダマ遣いを絶対殺さず、生きたまま身柄を確保しなければならないのだ。
 著者はデビュー作『名探偵は嘘をつかない』をはじめ、『星詠師の記憶』などの特殊設定ミステリを過去にも発表しているが、本書ではコトダマ遣い同士の異能対決がメインとなっており、その意味では浅倉秋成『教室が、ひとりになるまで』や詠坂雄二『君待秋ラは透きとおる』といった作品の系譜に連なっている(著者は本書を執筆する際、スペックホルダーと呼ばれる異能者が犯罪の背後で暗躍するミステリドラマ『SPEC~警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿~』を意識したようだ)。今までの著者の作品には見られなかった、キレのある異能バトルシーンが圧巻であり、青崎有吾が『アンデッドガール・マーダーファルス』でそれまでの作品にはなかったアクション描写を披露して読者を瞠目させたことを連想させる。
 しかし、スピーディーな展開に釣られてハイペースで読んでゆくと、重要な手掛かりを見落とす危険性があるので要注意なのだ。
『バーニング・ダンサー』というタイトルからも明らかだが、本書において著者が意識している作家はジェフリー・ディーヴァーだ。四肢麻痺の天才科学捜査官リンカーン・ライムが名探偵として活躍するシリーズで知られるアメリカの作家だが、そのライムが捜査上の大原則としている「ロカールの原則」(犯人と被害者が接触した際、それぞれの体に付着した証拠が交換される)が作中で言及されるのがその証拠である。のみならず、真犯人の隠し方や、後半のダイナミックなどんでん返しの波状攻撃は、著者がディーヴァーの小説作法の真髄から学んでいることを窺わせる。そしてディーヴァーの作品がそうであるように、本書もフェアに手掛かりが配置された本格ミステリなのだ。
 怒濤のアクション描写に乗せられて一気に読むか、それとも縦横無尽の伏線を見落とさないようにじっくり読むか。どちらの読み方でも満足できることは間違いない、著者の新境地を示した快作である。

作品紹介・あらすじ

バーニング・ダンサー
著 者:阿津川辰海
定 価: 1,925円(本体1,750円+税)
発売日:2024年7月26日
詳 細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322306000037/

阿津川マジックが炸裂する、最高峰の謎解き×警察ミステリ!!
全身の血液が沸騰した死体と、炭化するほど燃やされた死体が発見された。元捜査一課刑事の永嶺は、捜査経験がほぼない「警視庁公安部公安第五課 コトダマ犯罪調査課」のメンバーと捜査を開始する。彼らの共通点はただ一つ。ある能力を保持していることだった――。

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