【書評】社会の根っこからのおかしさに気づくのに性別も属性も年齢も国籍も関係ないのだ。アイドル・和田彩花が読む、時代小説『月花美人』(著:滝沢志郎)
新鋭・滝沢志郎さんの最新作『月花美人』は、これまで書かれることのなかった江戸時代の「月経」がテーマ。侍、商人、女医者の幼馴染三人が、当時の「月経禁忌」に立ち向かいます。
時代小説を初めて読んだという、アイドル・和田彩花さんの書評をお届けします。
この物語を頼りに、時代と自分にゆっくり寄り添ってみてほしい。
評者:和田彩花
江戸時代、武士道を極めた侍が生理用品開発を通して、時代と己と向き合う医療時代小説。
まず、時代小説を初めて読んだ感想から。耳馴染みのない武士言葉につまずきながらも、随所から窺える日本の美や精神に夢中になった。読みやすかった、時代小説ってこんなにおもしろい。
医療時代小説のカテゴリーに属す本書であるが、あらゆる立場を理解する社会に導く本でもあると感じた。
というのも、異なる立場、関係性をもつ登場人物を通して、伝統的な価値観を持つ人もそうでない人も、生理のある人もない人も、家族をもつ人もそうでない人も、それぞれの立場に当てはめながら生理や穢れとされる立場について考えさせられ、相互理解の大切さまで訴えかけられるものであると感じたからだ。
例えば、主人公の武士・鞘音と姪の若葉の関係をあげる。以下の抜粋は、生理期間中の女性たちを村から隔離するための「不浄小屋」に若葉が入るときの、鞘音と僧・宗月方丈、医者・佐倉虎峰の会話だ。「月経の穢れというのは、若葉のことにござるか」「さよう。経血を流している若葉どのと、そなたはずっと一緒におられたゆえな」「人の娘を穢れなどと……」「そういう習わしなのです」「鞘音さまご自身もおっしゃったではありませんか。サヤネ紙を女の下の用に使うなどと、穢らわしいと」「いや、そのようなつもりで言ったのでは――」(本書p83~84)
ここでは、鞘音の穢れへの嫌悪感と、大切な人を従来的な慣習によって判断できない揺らぎが窺える。
矛盾する価値観、経済状況、武士としての社会的な面目を気にしながらも、鞘音は月経について学び、経験を聞き、生理用品開発に携わるようになり、気づけば使用感を自分で試してみたりするのだ。決定的な出来事があったというよりも、自他の言葉の積み重ねによって気づかされたこの世の根っこからのおかしさに動かされていく姿が印象的だ。根っこからのおかしさに気づくのに、性別も属性も年齢も国籍も関係ないのだ。
数年前までコンビニで生理用品を購入すれば、レジ袋ではなく紙袋にナプキンを包まれた。まるで、レジ袋から見えてはいけないものかのように。それから、生理を話題にできる人とできない人がいる。学校教育では、生理にまつわるビデオを見せられただけだったように記憶する。生理についての情報がなければ、生理期間中の不調、不快感の改善は難しく、避妊、妊娠、出産についての適切な情報も同じように不足してしまう。
この物語は、さまざまな立場の人が可視化されるようになった現代においても、その根っこからのおかしさに気づき、内省し、行動していくことが必要だと思わせてくれる。
といったらきっと意識高い人と揶揄されるのも現実だろう。そんな揶揄にも自分にも向き合うなんて大変な作業になるので、このような物語を頼りに、時代と自分にゆっくり寄り添ってみてほしい。
そして、あなたの周りにいる大切な人への理解を深めてみませんか? それはいつか、大切な人を超えて、みんなのためになることだと思うから。
本書評を依頼された際の担当編集者からのお手紙には、生理を題材にした時代小説に興味を持ってもらえるのか、という意見が社内でもあったことが綴られていた。生理を穢れとする考えはあまり残っていないけれど、誰かにとっては未だ取るにたらないことだったりするのだと感じた。このような素敵な物語を紹介するお手伝いができたことを嬉しく思う。
評者プロフィール
和田彩花(わだ あやか)
1994年8月1日生まれ、群馬県出身。アイドル、表現者:2019年、ハロー!プロジェクト、アンジュルムを卒業。アイドルグループでの活動経験を通して、フェミニズム、ジェンダーの視点からアイドルについて、アイドルの労働問題について発信する。音楽:オルタナポップバンド「和田彩花とオムニバス」、ダブ・アンビエンスのアブストラクトバンド「LOLOET」にて作詞、歌、朗読等を担当する。美術:実践女子大学大学院博士前期課程美術史学修了、美術館や展覧会について執筆、メディア出演している。