【対談】アニメ『ばいばい、アース』放送開始! 冲方丁×ファイルーズあい対談インタビュー「学生時代に感じた疎外感をテーマに書き上げたパーソナルな作品(冲方)」
あらゆる獣人たちが住まう世界で、ただひとり特徴を持たない「人間」として生まれたラブラック=ベル。彼女が自分のルーツを探す旅に出かけるファンタジー、WOWOWオリジナルアニメ『ばいばい、アース』がいよいよ放送・配信! 近未来SFから歴史小説まで、幅広いジャンルで人気を誇る作家・冲方丁がキャリア初期に生み出した異世界モノで、その奇想天外な世界観から「映像化不可能」とまで言われてきた本作が、刊行から24年の時を経てついにアニメ化。原作者の冲方丁と、主人公のベル役を演じるファイルーズあいの二人にお話を伺った。
文/岡本大介
「他者に答えを求めない生き方」とは?/アニメ『ばいばい、アース』冲方丁×ファイルーズあい対談インタビュー
マイノリティに勇気を与える作品
――刊行から長い時間を経てのアニメ化となりました。今のお気持ちはいかがですか。
冲方丁(以下、冲方):月日が巡り巡って、こうしてアニメ化のご縁をいただけたことをまず嬉しく思います。この作品は僕が学生時代、海外から日本に帰ってきたときに感じた「疎外感」をテーマにして書き上げた、かなりパーソナルなお話なんです。当時は映像化が難しいとも言われましたが、それから20数年が経ち、世界的にもジェンダーやアイデンティティの問題が大きく取り扱われるようになった今、再びこうして拾い上げてくださったことは不思議な縁を感じますし、本当にありがたいなと思っています。
ファイルーズあい(以下、ファイルーズ):今、冲方先生のお話を聞いてすごく合点がいきました。私はエジプト人の父と日本人の母というマイノリティで、学生時代にエジプトから日本の学校に戻ってきたときにすごく疎外感を感じたんです。それでも当時は学校が世界のすべてだと思い込んでいたこともあり、周囲に溶け込むことなんてできないし、とても辛かったんです。だからこそ、この世界で唯一の「人間」であるベルの気持ちには、すごく共感できますし、こういう作品を通じて、当時の私のような子供たちに勇気を与えることができるんじゃないかなと感じます。
――主人公のベルについては、どんなところに魅力を感じますか。
ファイルーズ:裏表のない性格で、すごくさっぱりしている子……原作者の先生を前にしてキャラクターを語ることなんてないので、緊張しますね(笑)。でも、私がもしベルのような状況に置かれていたら、獣耳をつけて獣人になりすましたりとか、人間であることを隠そうとすると思うんです。でもベルはいつも堂々としていて、自分の実力と努力で周りを黙らせるじゃないですか。自分を見失わずに我が道を突き進む姿がとても魅力的でカッコいいなと思いますし、憧れてしまいます。
冲方:ファイルーズさんが演じるベルは、僕からはもう何も言うことがないほど素晴らしいです。最初のアフレコから、この方はベルのことをすべて分かってらっしゃるなと感じていました。
ファイルーズ:光栄です! 冲方先生からのお褒めの言葉は何よりも嬉しいですね。
――ベルが「疎外感」とどのように向き合っていくのかは劇中でも重要なポイントですが、現実のお二人はどのように「疎外感」を克服されましたか。
冲方:疎外感そのものは消えることはないし、記憶としてずっと残るものだと思うんです。けれど、それにあまり囚われなくなったことは大きいですね。無理矢理連行されて施設に隔離されたりしない以上、すべては自分の考え方次第ですから、納得のできる答えにたどり着けさえすれば苛まれることもなくなります。そういう意味では、「他者に答えを求めない」ことがいちばん大切なのかなと思います。
ファイルーズ:私の場合は高校時代にネットを通じて友だちができたことが大きいんです。もともとアニメや漫画が好きだったので、好きな作品を通じてネット上で交流するようになっていって、気づけば幅広い世代の友だちができたんです。彼女たちは私が何人であろうとまったく気にしないし、色眼鏡で見たりもしない。それまで学校という狭い世界しか知らなかった私は、初めて「世界って広いんだ」と感動しましたし、それが「疎外感」を克服するきっかけだったと思います。
アフレコでは、すべての常識を捨てて挑む
――ベルを演じるにあたって意識されたことはありますか。
ファイルーズ:『ばいばい、アース』って世界観が本当に独特なんです。なので、自分の「常識」をすべて捨てて、ここの世界の住人になりきることは意識しています。信号機はないし、法律も守らなくていい、食物連鎖の理もいったん忘れて(笑)。そうしてからアフレコに臨むと、ベルの気持ちがスッと自然に自分の中に入ってくる感覚がありました。
――たしかに本作は見たことも聞いたこともない用語や現象で溢れていて、独特な世界観が構築されています。
ファイルーズ:冲方先生はいったいどのように、こんなにも斬新な世界を作られたんですか?
冲方:「世界とは何か?」っていうのは昔から人類の関心ごとのひとつですし、哲学や人文科学の源でもありますよね。それらの分野を紐解いていくと、源流には神話や寓話、伝説など、さまざまなファンタジー世界が溢れている。なかには「なんでこんなことを思いついたのか?」って舌を巻くような世界観のお話もたくさんあって。当時は僕もそんな作品群に並びたいなと思って書いていました。なるべく多くの要素を入れ、それらをまとめ上げるというのがその頃の自分の課題でもあって。「原稿用紙250枚で書いてね」と言われていたところが2700枚になってしまい、結果めっちゃ怒られました(笑)。
――長らく映像化不可能と言われていた作品でもあります。完成した映像をご覧になっていかがでしたか。
冲方:僕の想像の、さらに一歩先を進んでいる映像で、とにかく驚きました。技術の進歩は僕も知っていたつもりですが、それでも「今はこんなことも表現できるのか」と、アニメ制作を横目に見つつ、ただ喜んでいる人になっています(笑)。
ファイルーズ:アフレコの際は画に色も着いていなかったので、完成映像の異世界の雰囲気は本当にすごいなと思います。多彩な特徴をもつキャラクターたちのなかで、ベルがいかに無個性な「のっぺらぼう」なのかがより際立っている気がします。
冲方:本当によく作ってくださいました。執筆していた当時は、獣耳のキャラクターもまだ珍しかったですし、ネズミが喋ったりとか、腕が無数に生えた生き物とか、僕自身、なかなかビジュアルが想像しにくかったところもあって(笑)。それがこうして動くわけですから、感動しちゃいますよね。
――今後の展開で、個人的に楽しみにしている見どころを教えてください。
ファイルーズ:ベルは身の丈を超える大剣を振るうので、アクションシーンがどうなっているのかは楽しみです。あとは音楽もかなり気合いが入っているとのことで、そこも注目ポイントだと思います!
冲方:アニメにするのが難しい作品なのは間違いないと思いますが、優秀なスタッフさんとキャストさんたちのおかげで、アニメとしてもすごく面白いものになっているなと思います。すでに原作をご存知の方も新鮮な気持ちで楽しんでいただけると思いますし、原作を読んだことがないという人は、アニメを見てから小説を読んでも違いを楽しんでいただけるのではないかなと思います。ひとりでも多くの方にアニメに触れていただきたいですね。
ファイルーズ:見る人によって受け止め方や解釈の幅がある作品なので、きっと考察しがいがあると思います。アニメと小説を同時に読み進めていくと、またいろいろと見え方も変わってくると思うので、ぜひお好きなスタイルで楽しんでいただけたら嬉しいです。個人的には獣人キャラが大好きで、今後も素敵なキャラクターがいっぱい出てくるので、キャラクターデザインにも注目していただきたいですね。よろしくお願いします!
プロフィール
冲方 丁(うぶかた とう)
1977年、岐阜県生まれ。小説家、脚本家。96年に『黒い季節』(角川文庫)で第1回スニーカー大賞金賞を受賞して小説家デビュー。2003年に『マルドゥック・スクランブル』で第24回日本SF大賞受賞。10年には『天地明察』(角川文庫)で第31回吉川英治文学新人賞などを受賞。12年に『光圀伝』(角川文庫)で第3回山田風太郎賞を受賞するなど、ジャンルを問わず数々の受賞歴を誇る。また『攻殻機動隊 ARISE』などをはじめ、アニメ脚本家としても活躍中。
ファイルーズあい(ふぁいるーず あい)
東京都生まれ。声優。2019年、TVアニメ『ダンベル何キロ持てる?』の主人公・紗倉ひびき役で声優デビュー。20年には第14回声優アワードで新人女優賞を受賞。主な出演作に『トロピカル~ジュ!プリキュア』(夏海まなつ/キュアサマー)、『ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン』(空条徐倫)、『チェンソーマン』(パワー)、『悪役令嬢レベル99 ~私は裏ボスですが魔王ではありません~』(ユミエラ・ドルクネス)、『怪獣8号』(四ノ宮キコル)などがある。
アニメ作品情報
書籍情報
シリーズ累計20万部―冲方丁の幻の初期傑作が4冊合本で!