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【書評】才能があるから、仕事だからではなくやりたいからやる――関かおる『みずもかえでも』レビュ―【評者:吉田大助】

※本記事は「小説 野性時代 第250号 2024年11・12月合併号」掲載の書評連載「物語は。」第130回(評者:吉田大助)を転載したものです。

 奨励賞を受賞したもののデビューには至らなかった新人賞に翌年、再び応募し、大賞を受賞する。『みずもかえでも』で第15 回〈小説 野性時代 新人賞〉大賞に輝いた関かおるは、そんな偉業をやってのけた。再チャレンジに懸ける思いは、受賞作の物語に乗り移っているようにも感じられる。ただし、題材は小説家ではなく、演芸写真家だ。
 本を開くと、威勢のいい声が飛び込んでくる。〈「――なにぬかしやがんでえ、この丸太ん棒めッ!」/高座のうえで、火を打つ石のように声がはじけた〉。照明の下で躍動する落語家を、息を潜め真っ暗な舞台袖から見つめているのが、本作の主人公となる繭生まゆうだ。彼女はカメラに手を伸ばし、レンズを掲げる。カメラを構えている時は、裸眼でいる時よりも、目の前で移ろいゆく風景への解像度が格段に上がる。〈埃っぽい長屋、棟梁の乱れた月代さかやき、鼻の頭に光る汗の粒、拳に浮かぶ血管。落語は言葉ではなく絵の連続だ〉。カメラマンという生き物の特性とともに、落語の特性がシャープに描写されていった先で、繭生は高座に向けてシャッターを切る。〈かしゃん〉。その音が、落語家の集中力を途切れさせてしまう。全身の血の気が引いていき、〈私は、今、なにをした?〉〈あのひととの約束を、破った〉。緊迫感と謎に満ちたオープニングだ。
 そこから場面は一転し、繭生がウエディングフォトグラファーとして働く姿が描写されていく。彼女は四年前の過ちをきっかけに、演芸写真家(=高座を専門に撮る写真家)の道を諦め、都内のフォトスタジオに就職していた。仕事への情熱はないが、腕はいいから、仕事はこなせてしまえる。安定と裏腹の鬱屈した日々は、落語家の楓家かえでやみずが新郎を伴い、顧客としてやって来たことでひび割れる。実はみず帆は、繭生が四年前に無断撮影した高座にあがっていた落語家だった。
 みず帆はクレーマーすれすれの言動を繰り返し、カメラアシスタントの青年・小峯こみねは、繭生から仕事を奪おうとする。様々な方向からこれでもかと主人公に「圧」がかかる展開の合間に、一五歳の時に父に連れられて寄席へ初めて行ったエピソードや、演芸写真家を目指していた頃の師匠・真嶋ましま 光一こういちとの思い出、そして四年前の事件の真相が挿入されていく。夢破れたうえ世知辛い現実にさいなまれて、かわいそうだから、主人公を応援したくなるのではない。主人公の人となりを理解したうえで、彼女だったら乗り越えられる、乗り越えるべきだと思えるからこそ、応援したくなる。
 やがて繭生は、演芸写真家になるという夢への再チャレンジを志す。その意思が明かされるのは、総ページ数の半分にも満たない地点だ。どうして演芸写真家でなければいけないのか。それで食べていけるのか。かつて逃げ出した自分を受け入れてもらえるものなのか……。一度は諦めた道を再び歩き出すことの困難と恐怖が、中盤以降の主題となる。けれど――〈撮りたいものがあること。/それが私の核だ〉。この一文は、状況こそ全く異なるものの、作家自身の思いが込められているように感じた。デビュー前のアマチュアである自分に、小説の才能があるかどうかは分からない。才能があるから、仕事だからではなく、やりたいからやる。書きたいから書くのだ。
 作中に登場する幾つかの落語の演目と、その折々の主人公の心情とのシンクロ度合いは絶妙で、物語の最終盤に至るまでドラマを次々投下する手数の多さにも唸った。次作も楽しみでならない。才能があるから、仕事だからではなく、書きたいから書く、という思いは、プロになったことで多少なりとも変質はしてしまうことだろう。そのかわり、読者や編集者をはじめとした他者が自分の内側に素晴らしい物語が眠っていると信じてくれて、求められて書く、という喜びが芽生えているはずだ。


書誌情報

書 名:みずもかえでも
著 者:関かおる
定 価:1,925円 (本体1,750円+税)
発売日:2024年09月28日
I S B N:9784041152881
詳 細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322404001147/

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