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辻村深月の本格ホラーミステリ長編『闇祓』文庫化記念試し読み

6月13日に文庫版の発売日を迎えた、辻村深月さんの本格ホラーミステリ長編『やみはら』。
身の周りに潜む、名前を持たない悪意が迫ってくる――。かつて感じたことのない恐怖は、最終章で鮮やかに反転します。

本記事では、文庫化を記念して冒頭の試し読みを特別公開!
物語のはじまりを、どうぞお楽しみください。

あらすじ

転校生の白石要は、少し不思議な青年だった。背は高いが、髪はボサボサでどこを見ているかよくわからない。優等生の澪は、クラスになじめない要に気を遣ってこわごわ話しかけ徐々に距離を縮めるものの、唐突に返ってきた要のリアクションは「今日、家に行っていい?」だった――。この転校生は何かがおかしい。身の危険を感じた澪は憧れの先輩、神原一太に助けを求めるが――。学校で、会社で、団地で、身の周りにいるちょっとおかしな人。みんなの調子を狂わせるような、人の心に悪意を吹き込むような。それはひょっとしたら「闇ハラ=闇ハラスメント」かもしれない。「あの一家」が来ると、みんながおかしくなり、人が死ぬ。だから、闇は「祓わなくては」ならない――。辻村深月が満を持して解き放つ、本格長編ホラーミステリ!

試し読み

ヤミ-ハラ【闇ハラ】 闇ハラスメントの略。
ヤミ-ハラスメント【闇ハラスメント】 精神・心が闇の状態にあることから生ずる、自分の事情や思いなどを一方的に相手に押しつけ、不快にさせる言動・行為。本人が意図する、しないにかかわらず、相手が不快に思い、自身の尊厳を傷つけられたり、脅威を感じた場合はこれにあたる。やみハラスメント。闇ハラ。ヤミハラ。

第一章 転校生

 転校生を紹介します──。
 そう言われて顔を上げた途端、目が合った。
 そのあまりの唐突さに一瞬、ドキリとする。
 担任のみなみの横に立っていたのは、つめえり姿の男子だった。手足が長く、ひょろっとせている。取り立てて美形ということはないけれど、鼻筋は通っているし、特別不細工だというわけでもない。ちょっとまぶたれぼったくて眠そうで、目つきも少しおどおどしているように見えるけれど、転校生で、初めての教室に来たのだから、そうなっても当然かもしれない。
 背は、高い方だった。小柄でずんぐりした体型の南野先生と並んでいると、若手の漫才コンビか何かみたいに見えなくもない。髪の毛がぼさぼさなのが、少しだけ気になった。今日は転校初日だというのに、あまり身なりに気を遣わないタイプなのかもしれない。
 制服が間に合わなかったのだろう。彼の詰襟姿が、ここでは新鮮だ。うちの高校の制服は、男子も女子もカーキ色のブレザーだ。男子はネクタイ、女子はリボン。
 目が合ってしまった気まずさで、みおは不自然に思われない程度に視線をそらす。南野先生が、転校生を振り返った。
「じゃ、しらいし
「はい」
 あいさつするように促された彼が、聞こえるか聞こえないかの、か細い声で答えた。
「父親の都合で、転校してきました。これから、よろしくお願いします」
「名前」
「え?」
「名前は? 言わないのか?」
 からかうような口調で先生に促され、転校生が「あ」と短い声を出した。それからまたかすれたようなめいりような声で、「しらいし、かなめ」と続けた。「です」という、語尾がない。名前だけだった。
 横で、南野が黒板に「白石要」と書き入れる。
「ちょっとうっかりさんみたいだけど、みんなよろしくな」
 先生が場を和ませるように朗らかな声で言うが、笑いは起きなかった。
 そんなやり取りを眺めながら──、あれ? と思う。
 彼の目が、また澪を見ていた。さっき目が合ってしまったから、なんとなくまたこっちを見たのだろうか。それとも、澪の気のせいで、後ろの何かを見ているのか──。
「席は、二列目の後ろな」
 教室の後方に、いつの間にか新しい机と椅子が運び込まれていた。転校生が「はい」と返事をする。その間も、目は、案内された自分の席とは全然別の、こちらの方を見ていた。
 転校生・白石が、自分のカバンを手にふらりと、席に向かう。その時になって、ようやく、澪から視線をそらした。

 気のせいかと思ったが、転校生の視線に気づいていたのは、澪だけではなかった。
 その日、いつものメンバーでお弁当を開いてすぐ、親友のさわはなが声をひそめながら「ねねね」と、内緒話でもするように澪の方に額を寄せて来た。ロングヘアの長い髪が澪の顔の近くでさらりと揺れる。
「あの暗そうな転校生さ、澪のことずっと見てたよね」
「え、うっそ。ほんと?」
 親友三人での昼休み。教室の窓際で、澪は窓を背に、残りの二人は窓の方を向いて、互いに向き合う形でいつも一緒にお弁当を食べる。
 おもしろがるような花果の声に、もう一人の親友・いまがとっさに転校生の席を振り返ろうとする。それを花果が「ちょっ! 見ちゃダメだって」と制した。
「こっちで噂してるのバレるじゃん。振り向いちゃダメ」
「ええー、でもそれってさ、澪を好きになったってことじゃない?」
「……たまたまじゃないかな」
 二人の声に苦笑を返しつつ、澪が答える。単に少しこっちを見ていた、というだけだ。
「まだ一言も話してないんだし、好きとかおかしいでしょ」
「いやいやいやいや」
 花果と沙穂の声がそろった。二人して大仰な仕草で顔の前で手を振り動かす。
ひとれってこともあるかもよ? でもさ、ヤバくない? 漫画とか映画の中だったら、一目惚れって胸キュン要素だけど、実際は話したこともないのに好きになられるのとかドン引くよね。ストーカーっていうか」
「ちょっと。そんな言い方やめて」
 沙穂がもともとコイバナたぐいが好きで、悪ノリが過ぎるところがある子なのは長いつきあいの中でよく知ってる。けれど、出会って間もない相手に対してそんなふうに騒ぎ立てるのはどうだろう。澪がまゆひそめると、花果の方がようやく「ごめんごめん」と謝った。
「でもさ、白石くんってきっと頭いいんだね。うちの転入試験、結構難しいって話なのに。去年転入してきた先輩だって、いきなり学年一位の秀才だったわけだし」
 澪たちの通うみつみね学園は私立高校だ。千葉県内では歴史は古い方の、いわゆる進学校。私立のせいか転校生は滅多にいないが、それでもごくまれに転入を受け付ける代がある。そして、転入試験は入学試験より難しいという噂が確かにある。
「転入受け付ける以上は、大学進学の実績を稼いでくれそうな子を学校側だって選びたいってことでしょ? 白石くんも、相当頭いいんじゃない?」
 私立の進学校だけあって、三峯学園はそのあたりはシビアだ。学校案内や校舎の壁に、まるで大手の塾ばりに、前年の大学合格者数の実績が貼り出される。
「そうだね。でも転校してきたばかりだし、あんまり決めつけた目で見るのはかわいそうだよ。頭いいかも、とかもだけど、さっきみたいに暗そうとか」
「ええ~、でもさぁ」
 セミロングの髪を耳にかけつつ、沙穂がまだ何か言いたげにしている。そこに、「はら」と声をかけられた。いつの間に来たのか、南野先生がすぐ近くに立っていた。花果と沙穂が、ばつが悪そうに黙り込む。澪は至って平然と「はい」と返事をした。南野先生が言う。
「悪いけど、白石のこと、よろしくな。できたら放課後、何人かで学校を案内してやってくれないか? 本当はみやがいたら頼んだんだけど、今日は休みだから」
 宮井はクラスの副委員長を務める男子だ。南野先生の言葉に花果と沙穂が意味ありげに目配せをするのがわかったけど、見なかったふりをした。
「わかりました」
「よかった。どんな部活や行事があるかとか、だいたいのところは俺からもう伝えておいたから、場所だけ、案内してやって」
「はい」
 担任教師が行ってしまうと、花果と沙穂がにやにやしていた。澪に向けて小声で「さっすが委員長」とつぶやく。沙穂の方が「優しくすると、よりいっそう、好きになられちゃうかもよ」とからかってくる。
「バカなこと言わないで。ほら、さっさと食べないと昼休み、トイレ行く時間なくなるよ」
 あきれがちに笑って注意する。花果は「澪って本当に優等生だよね」と笑い、沙穂はまだ「澪、モテるからなぁ」とか言っている。二人だって本気で言っているわけではないのだし──、と聞き流しながら、ふと顔を前に向けて、澪は、え? と思う。
 白石要が、こっちを見ていた。
 一人だけ制服が違う詰襟姿の男子が、周囲からぬぼっと浮き上がって見える。また目が合いそうになって、澪はとつに目線を下げた。彼がこっちを見ていることに気づかなかったふりをする。
「ああ、午後の授業、ダルい。帰りたい」
「あー! お母さん、お弁当にミニトマト入れないでって言ったのに」
 もう話題が別のことに移った二人は、白石の視線にも、澪の様子にも気づいていないようだった。そのまま、澪も平静を装って、なるべくぎこちなく見えないよう、母親の作ったお弁当に目を向ける。
 まだ、彼がこっちを見ている気がする。目線を上げたら、目が合ってしまう気がする。そう思ったら、顔がまともに上げられなかった。視界の隅の、紺色の詰襟の影がさっきから微動だにしない。
 心臓の音が大きくなっていた。怖いというより、気まずさで。さっきまでの自分たちの会話が、転校生に聞こえていたのかもしれない。南野先生だって、白石本人が同じ教室にいるのに、あんなふうに今ここで澪に頼むことはないのに。
 それからふと──、疑問に思った。
 転校初日。うちのクラスの男子たちはみんな、多少の悪ふざけはするけれど、基本的には真面目で気のいいタイプが多いはずだ。だけど、誰も転校初日の白石を、自分たちの輪に誘わなかったのだろうか。一人でお弁当を食べさせていたのだろうか。
 詰襟の影は一人きり。他に誰かと一緒にいる気配もなく、澪の視界の中で位置を変えない。

 白石要がどうして昼休みに一人きりだったのかは、後から、わかった。
 放課後を前に、仲のいい男子に話を聞くと、クラスの男子の何人かは、もちろん、声をかけたのだという。「一緒に飯、食わない?」と。
 白石の答えはこうだった。「え?」と、知らない言語を聞いたように首を傾げ、それから、クラスメートの皆が持つ弁当箱やコンビニで買ってきた菓子パンなどを見てから、緩慢な仕草で、「ああ──」と深く息を吐きだす。それから「持ってない」と答えた。
 ひょっとして、今日は半日だけの登校のつもりだったのだろうか。それとも、前の学校が給食だったのだろうか。中学までならいざ知らず、給食の高校というのはこのあたりではあまり聞かないけれど、別の地域ではそういうところもあるかもしれない。そう思って、何人かが聞くと、白石はどちらの問いかけにも「違うけど」とだけ答えた。少し、めんどくさそうに。
 その様子に、気のいい男子たちもさすがにちょっと気持ちがくじけた。それ以上誘うのをやめて、パンが買える購買の場所などを教えたけれど、白石は生返事のように浅くあごを引いただけで、買いに行く様子もなかった。そのまま一人、教室の自分の席にぽつんと残っていたそうだ。
 そんな話を聞いた後だったから、澪は当惑しながら、今、白石の横を歩いていた。南野に頼まれた放課後の学校案内も、声をかけた男子たちに断られてしまったのだ。昼休みのそのやり取りが影響してのことなのかもしれなかった。花果や沙穂も、今日はそれぞれ部活の大事なミーティングや彼氏との先約があるということで誰もつきあってくれなかった。「ごめーん、澪」「がんばってねー」と謝る彼女たちの口元には、またからかうような笑みが浮かんでいた。釈然としないものを感じながらも、だから、澪は一人きり、無口な転校生に学校案内をしている。
 そう──、白石要は想像以上に無口だった。
「白石くん。学校、案内するよ。南野先生から聞いてるよね?」
 と澪が放課後、席で声をかけた時からそれはそうで、軽く顔を上げてちらりと澪を見てから、無言でうなずいた。うんともすんとも、発声はない。拍子抜けするような思いになりながら、澪が続けて自分の名前と委員長であることを伝えたけれど、それにも同じように、したかどうかすらさだかでないかすかな頷きを返しただけだった。
 今日、二度もこっちを見ていたと感じられたことが噓のように、いざ面と向かうと、澪とは目も合わせてくれなかった。どうやら相当の人見知りなのかもしれない。
「三階がね、音楽室とか、美術室とか、特別教室が集まってるんだ。教室移動の時は、だいたい、だから三階」
 歩きながら説明しても、転校生はほとんど表情を変えない。最初はしていた頷きすら、返してもらえているかどうかわからないほどになった。
「おなか、いてない?」
 少しでも反応が欲しくて、笑顔で尋ねる。白石がわずかにだけど、顔をこっちに向けた気がした。
「男子たちから聞いた。お弁当、忘れちゃったんでしょ? 何にも食べてなかったから、大丈夫だったかなって、みんな心配してたよ」
 後半はアレンジだ。実際には男子たちはみんな呆れたり、「ブキミ」とか言っていただけだ。澪が顔をのぞき込むと、白石が頷いた。小さく。
 ようやく反応らしい反応が見えて、澪が「前の学校はお弁当だった?」と続けて聞く。だけど、今度はまた反応がなかった。顔を背けて、何も言わない。澪の言葉だけが宙ぶらりんに放置された形だ。
 頰がかっとなった。
 誰かに見られたら、今のは、自分が無視されたように見えたはずだ。恥ずかしくなって、──でも気を取り直して、どうにか「じゃあ、次は音楽室ね。つきあたり」とまた歩き出す。白石が黙ったまま、ついてくる。
 澪の後をついてはくるものの、あまりのごたえのなさに、バカにされているような気持ちになってくる。
 各教室では、部活が始まっているようだった。
 音楽室から、ブラバンのパート練習の音が聞こえる。澪は陸上部だ。今日は行くのが遅くなると同じ部の子に伝言を頼んだけれど、先輩たちにサボりだと思われなければいいな、とちょっとだけ気になる。
 澪は、優等生だ、と人によく言われる。
 自分でも、そうなんだろうな、と思っている。もつともそれは、褒め言葉だとは絶対に思わないけれど。
 幼い頃から、気づくと面倒見がよかった。弟がいるから、ということも多少影響しているかもしれないけれど、小学校の低学年の時にはもう、先生や大人たちから「しっかりしている」と言われることが多かった。クラスや班、部活の中で、みんなの輪に入れないでいる子がいると気になって声をかけたし、風邪で何日も休んでいた子がひさしぶりの学校に戸惑っていると、特に仲良しの子というわけでなくても近寄って行って「おはよう。一緒に遊ぼうか」と誘った。
 そうすると、先生や、大人たちからこう言われるようになった。
「さすが澪ちゃん」
 褒められるとうれしかったが、褒められるためにしている、というわけでもなかった。
 いい人ぶってるとか、そういうことではなくて、ただ、そういうものだからやるべきだ、と思っているだけだ。実際、いい人ぶってるという陰口は、これまで聞き飽きるほど聞いてきた。仲がよくない子から言われることもあるし、同じグループの子たちからだって言われる。優等生だよね、という花果の言葉も、だから感心なんかじゃ絶対にない。その声の裏に「よくやるよ」という、別の声が二重になって聞こえるように思えることもある。
 だけど、気になって、ほっとけないのだ。なんとなく、やってしまう。一人でいるとさみしいだろうな、たとえ本人が寂しくないと思っていても、友達がいないように周りに見えていると考えたら、複雑な気持ちなんじゃないか、と。
 学校というのは、不思議なところだ。小学校、中学校、高校。どの段階に進んでも、どのクラスに属しても、教室の中にくっきりと層ができる。スクールカーストという言葉がある、と聞いた時には、なるほど、と思わず納得してしまった。クラスの中の、上位グループと、下位グループ。上とか下、という言い方は好きではない。それぞれ興味の対象が違うだけで、どっちの方が優れているということではないと思う。けれど、わかってしまう。積極的なタイプと、控えめなタイプ。派手なタイプと地味なタイプ。うるさいか、おとなしいか。
 上と呼ばれるグループの方が、確かに積極的だったり、派手でうるさい傾向にあるから、発言権が強い。でも、それは裏を返せば──無神経だからだ、とも思う。無神経なタイプの方が気が弱いタイプより「上」を名乗っているんだとしたら釈然としない。
 中学校の頃、おとなしいグループの子と話していたら、「澪ちゃんは、あっちのグループの子なのに優しいね」と言われたことがある。
 すぐには意味がわからず、きょとんとしていると、その子に続けて言われたのだ。
「たまにいるよね。グループ関係なく、上とか下とか関係なく、真ん中で、どっちともしゃべれる子たち」
 自分で自分のことを「下」と平然と言ってしまえるその子の言葉に胸が痛かったけれど──その一方で、確かにそうかも、と思った。「上」の子たちは、「下」の子たちに無神経に話しかけているけど、「下」の子たちから「上」の子に話しかけることはほとんどない。遠慮している。
 真ん中、と呼ばれる自分の立ち位置に、妙に納得できる。実際、仲良くなる子にもそういう子が多いかもしれない。たとえば、今仲のいい花果や沙穂もそうだ。校則が厳しい真面目な進学校でも、不思議なものでコスメやおしゃれに熱心なタイプや、遊び好きの不良タイプもそれなりに出てくる。他校の生徒としょっちゅう合コンしてるような「上」の子たち。花果と沙穂は運動部だし沙穂は彼氏がいて、そういうのは、本当に地味なタイプの子たちから見ると、若干派手に見えるかもしれない。けれど、二人とも優しいし、悪ノリはするけど、無神経なタイプじゃない。
 気を遣える。
 そして、そんな周りの子たちと比べても、我ながら、澪はとりわけ気を遣う方だった。さっき、白石に向けてそうしたように、いつも、誰にでも気を遣ってしまう。
 優等生、と言われるけれど、本当はわかっている。
 私は、気が弱い。
 クラス委員や委員長。クラスで上に立つ役割を務めることも昔から、多かった。特に仕切りたい、と思っていたわけではないし、権力がほしい、目立ちたいという性格じゃないと自分でも思うのに。でも、なんだかやった方がいい気がして、立候補してしまうことが多かった。
 今の二年三組でも、そうだった。立候補じゃないけれど、推薦されて引き受けた。一年生の時もやってるからっていう理由で。
 だから、委員長が転校生に校内を案内するのも自然なはずだ。
 気を遣ったところで、いつもその見返りがあるとは限らない。むしろ、相手がそんな気遣いに気づかず、ちっとも見合わないことの方がずっと多い。
 校舎の三階の長い廊下を、白石と二人で歩きながら、澪は内心でため息を吐く。こんなところを人に見られたらどう思われるだろうか。誰か知り合いに会ってしまったら、堂々と転校生を案内しているんだと説明しよう──自分のつま先を見つめながら、白石に言う。
「音楽室は、普段は放課後、ブラバンの子たちが使ってるんだ。白石くんは、前の学校で部活、何、やってた?」
 また反応は返ってこないかもしれない──、覚悟しながら聞くと、白石は案の定、黙ったままだった。こうなりゃ自棄やけだ、と、澪は質問を重ねる。
「背、高いし、何かスポーツしてた? 運動神経よさそう」
 本当は少しもそんなことを思わなかったけれど、相手を持ち上げるように言ってしまうのもいつもの癖だった。今度も芳しい反応はないだろう──、そう思う澪にいきなり、声が聞こえた。
「原野さん」
 びっくりした。それが隣を歩く白石の声だと、すぐにはわからなかった。ほとんど初めて彼から声を聞いた。顔を上げると、今度は至近距離でまともに目が合った。
 何? と声を返そうとした。笑顔を作ろうとした。
 しかし、その笑顔が、彼の次の言葉で凍りついた。白石が言った。
「今日、家に行ってもいい?」
 その顔が──口元が、笑った。左右にゆっくりと口角がり上がり、間から、歯並びがあまりよくない、しかも数本がやたらと鋭くとがったギザギザの歯が見えた。とても、とても凶悪に見える、笑顔だった。

(気になる続きは、ぜひ本書でお楽しみください)

書誌情報

書名:闇祓
著者:辻村深月
発売日:2024年06月13日
ISBNコード:9784041147320
定価:968円(本体880円+税)
総ページ数:480ページ
判型 :文庫判

★全国の書店で好評発売中!
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グッズ情報

辻村深月『闇祓』文庫化記念グッズ バナー

文庫化を記念してスペシャルグッズが登場!
予約受付期間:2024年6月12日(水)17:00~2024年9月1日(日)23:59

◆グッズについて詳細はこちら:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000014858.000007006.html

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