見出し画像

もう1品どうして頑張ってしまうのだろう

今日の夕飯も、4品目を作ってしまった。
後悔と罪悪感が襲う。

私の献立決めは冷蔵庫の中身を見て、肉、魚をメインに
味噌汁から作り始める。

大体いつも
ご飯、味噌汁、メイン(肉魚)、サラダ系、で終わりなのだが、
冷蔵庫に使用期限が迫っている野菜を見つけると、
煮物にしたりしてもう一品増やす。
やる気がある時は5品になったりする。

我が家の狭い食卓に4品並ぶと、食器がぎゅうぎゅうで
「ああ今日も頑張ちゃった・・・」と思うのだが、
本当はこんなに頑張りたくないのだ。

日本の食卓はもっとジョブズ化を

私の究極の理想は、
欧米のような「毎日同じもの食べて、何も考えない食卓」

肉を焼いて、芋や豆の付け合わせ(毎日同じ)と、ディナーパンのような、
【お腹が満たせればOK】という適当な食卓。素晴らしいと思う。

またはタイのように、食事は外食でほとんど済ますという文化だったらよかったのにと何度思った事か。

ドイツなんて夜は火を使わない料理で、簡単に済ますというじゃないか。

日本の家庭料理って、手が込みすぎてないか?
誰だよこんな文化にししたのは・・・高度経済成長時代の専業主婦か?と
料理のたびにぶつぶつ言いながら、

でも自分の子供はまだ小さく栄養的な面と、
健康的な食習慣を確立して欲しいからという理由で、
今は一応バランスの取れた食事を作っている。

さらに「自分のためには頑張れないが、自分以外の人のためなら頑張れる」という私特有のバグが作動してしまい、せっせと餃子を包んだり、手作りコロッケなんかを揚げてしまう。本当はやりたくないのに。

先日ネット記事で、家庭における男女の家事割合の国際比較を見た。
またいつもどおり日本は女性の家事の割合が圧倒的に高いままだ。

特にアジア(韓国など)ではその割合が高い。

私が思うに、料理に手をかける事が長時間の一員ではないか?と思うのだ。
もう、米と味噌汁たまにメインで何かでいいじゃん?と思うのだが。

「一汁一菜でよいという提案」の破壊力

以前、料理家の土井善晴先生が、料理家でありながら「ごはんとみそ汁だけでよい」という斬新な提案をされていた。
その時私は、長年の料理の呪縛から解き放たれた感じがした。

そして土井善晴先生の料理家としての器のでかさに感動したのだ。
きっと日本の全主婦が泣いただろう、ああもう頑張らなくていいのねと。

だけど、その素晴らしい提案も一時期メディアで取り上げられただけで
ムーブメントにはならず、消えてしまったのが残念だ。

もっと権威のある人達がこぞって

「食卓はもっと手を抜け」

「品数減らせ」

と言ってくれたら世の中の雰囲気も変わってくるのではないか?
なんなら国をあげてそういうキャンペーンを展開してくれるぐらいでないと世の中の価値観は変わらないのだろうな・・・。


さらにメディアが「もっと亜鉛を」とか「カルシウム不足ですね」とか事あるごとに、視聴率を取りたいがために健康特集でアナウンスしまくるのも控えて欲しい。

そんな事を言ってるだけじゃ永遠に始まらないので、まずは自分の家庭から変えなければ。自分から実践しないといけない。


よし明日はマッシュポテトを作ろう。(めんどくさ~)



いいなと思ったら応援しよう!