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異語り 107 守られた子
コトガタリ 107 マモラレタコ
40代 女性
転校生って大体新学期の初めにくるイメージ。
でもその子は小学4年生の時、6月の中頃にやってきた。
親が旅の一座をやっていて、二三ヶ月毎に転校を繰り返している。
そんな自己紹介があったもんだから休み時間にはその子はクラスメイトに囲まれていた。
転校慣れしているのか次々と来る質問にもスラスラと答える。
「勉強大変じゃない?」
「一座の大人が手伝ってくれるから全然」
「宿題とかやってくれるの?」
「それは時々だけね」
「えー、いいなぁ」
「その代わり、台本とか踊りとか覚えなきゃいけないけどね」
質問の合間には時折優しい笑顔を浮かべる。すぐにみんなその子の虜になった。
私は、興味はあるけど話しかける勇気がなくて遠巻きに耳だけをそばだててその会話を聞いていた。
旅生活が基本となるけれど、一応本拠地(?)に自宅もある。
年に1度。年末年始だけは必ず自宅に帰り年越しをするそうだ。
不安定な生業のためか、一座の人はとても信心深い。
各地へ興行に赴くと必ずその土地の神社へお祓いと興行の成功を祈願しに行くという。
そしてそこで頂いた御札や御守りが自宅に溜まっているらしい。
「ちゃんとお返しした方がいいんだろうけど父ちゃんが「いろんな神さんから守ってもらえた方が安心だろう」って溜め込んでるんだ」
家には日本各地の神社の御札や御守りが山のように飾られているらしい。
「結構部屋が不気味な感じになってるから何とかしてほしいんだけどね」
本当に困ったように眉を下げ小声でつけたした。
あっという間にクラスに馴染んだその子だけど、平日も夜の興行があるらしく放課後に遊んでいても4時頃にはお迎えがくる。
そしていつも名残惜しそうに帰っていった。
一座は夏休みが終わるのを待たずに次の町へ行ってしまう。
みんなで相談して、『お別れ会』の代わりに夏休み前の終業式の日、学活の時間を使って遊ぼうと計画を立てた。
特別に許可をもらって家から水鉄砲を持参。盛大な水遊びが始まった。
水鉄砲を持っていなかった子はバケツや柄杓を手に容赦なく水をかけまくっていた。
しまいには先生がホースからそのまま水を飛ばし、全員ビシャビシャになった。
と思っていた。
ところが、その子だけは殆ど濡れていなかったのだ。
足元は水浸しのグラウンドを走り回ったのだから当然泥まみれなのだが、服や髪はほとんど、いや全然濡れていないように見えた。
それに気づいたクラスメイトたちが言葉をなくす。
だってお別れ会だから、当然みんなその子に水をかけに行っていたから。
そんな微妙な空気の中、まだ水を残していた悪ガキがその子の後ろから思いっきり水をかけた。
でも、かかったはずの水はその子を濡らすことなく表面を滑り、ポタポタと地面に吸い込まれる。
なんとも言えない沈黙が流れた。
「……この服すぐ乾くんだよね」
苦笑いで頬を掻く姿にさらに沈黙が深くなる。
すると突然空が曇り、大粒の雨が降り出した。
もはやビショ濡れではあったがみんな悲鳴を上げて校舎へと逃げ戻った。
気がつくとその子もビショビショに濡れている。
ああ、雨には濡れるんだな。
そんなことを考えた。
その子が水遊びで濡れなかったことや、皆が不安になった瞬間に雨が降り、同じようにずぶ濡れになったことは、もしかしたら色々な神様によるご利益だったのかもしれない。
お札やお守りが不気味でなんとかして欲しい。と言っていたけれど、その子自身はとても優しく、そしてやっぱり信心深かったから。
1ヶ月程しか一緒に過ごさなかったから、クラス写真にも卒業アルバムにもその子の痕跡は残っていない。
4年生の時だったので、同窓会でも当時のメンバーが揃うことはなく、数人のクラスメイトだった子に話を振ってみてもあまり記憶には残っていないようだった。
インターネットが普及した頃に一座のことを検索してみたことがあった。
だが名前が変わったのか、もう解散してしまったのか探し出すことはできなかった。
子供の頃の夏の日に見た夢のような……、今は思い出補正も加わってとてもノスタルジックな記憶として心に残っている。
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