後期クイーン問題×青春ミステリー『文学少女対数学少女』
『元年春之祭』では「前漢を舞台にした読者への挑戦状付き不可能犯罪ミステリ」という唯一無二の趣向を打ち出し、『雪が白いとき、またはそのときに限り』では日本の新本格ミステリへの帰依を前面に見せた陸秋槎。満を持して、デビュー当初から書き継いでいた「陸秋槎」シリーズの短篇集を刊行することになりました。
『文学少女対数学少女』は高校生たちが中心的な登場人物となり、作中作のミステリを扱う短篇(中篇)が四つ並ぶ構成です。本好きの「文学少女」で、学内の機関紙にミステリを書くこともある「陸秋槎」と、学内でも有名な数学の天才でミステリには興味のない「数学少女」の韓采芦との出会いが一冊を通した大きな軸になっています。
共通するテーマは「後期クイーン的問題」。荒っぽく言うなら、あらゆる可能性を考えて真実に迫っていく探偵という存在を突きつめていくと、無限の懐疑に落ちこんで身動きがとれない局面が訪れる――という問題提起ですが、物好きの机上のお遊びと見られることもないではありません。
ただしこれを、他人についてどれだけ観察し、頭を絞っても、どうしても推察できないことは存在する――と変形させてみると、多くの人にとっての切実な問題になります。ミステリという形式を通して若い登場人物たちの悩みや不安を描きだしていくのは陸秋槎の得意とする手法ですが、今作でもそれが鮮やかな形で(しかも4篇続けて!)実現しています。
稲村文吾【いなむら・ぶんご】
カルト的作家・御手洗熊猫氏の作品に出会った衝撃から中国語と華文ミステリを学び始める。2014年、華文ミステリ作家の短編を集めたアンソロジー『現代華文推理系列』の翻訳・刊行を手掛け一躍注目され、華文ミステリムーブメントを率いる翻訳家の一人となる。