
"GLOBIS学び放題"怒りにおぼれないコミュニケーション術
皆さんこんにちは、kaboxです。
GLOBIS学び放題でとても良い学びがありましたので、共有したいと思います。
GLOBIS学び放題は、ビジネススキル、資格取得、語学など、幅広いジャンルのオンライン講座が月額定額で学べるサービスです。豊富なラインナップから自分の興味やニーズに合わせた講座を選んで、いつでもどこでも学習できます。スキルアップやキャリアアップを目指す方におすすめです。
今回学習した動画は、澤円さんの怒りにおぼれないコミュニケーション術でした。
怒りをコントロールするというと、アンガーマネジメントを想像する方が多いと思います。
私も、遥か昔にアンガーマネジメントを学んだ記憶がありますが、澤さんご自身もアンガーマネジメント協会に所属していた期間があるようで、アンガーマネジメント理論を交えながら、澤さん独自のアプローチで話は進みました。
①なぜ人は怒るのか
日常生活や仕事などあらゆる場面で人は怒りの感情を持ちますよね。
この前、採用面接に来た方は「私は相手に対して怒ったりしません。昔からそうなんです。」と言っていました。
本当にそうだと思いますか??
怒りという感情自体はネガティブなものではなく、むしろ必要な感情だと思うんですが、正しい怒り方を知らないと、悪い方向に進むこともあると思います。
この動画では、一つのキーワード
《べき》
が示されました。
つまりは、自分の中の《べき》から外れた時に人は怒るのだと。確かにそうですよね。
会社はこうあるべき
上司はこうあるべき
社会人はこうあるべき
人としてこうあるべき
こんな感じで、自分の《べき》を基準に相手や物事を恐らく無意識に判断しています。
でも、この《べき》が相手にとっての《べき》と同じかというと違う。つまりは、自分の《べき》は自分が生まれてからこれまでの間に経験し体験したことから得られた知見だったり、思想だったりするからです。
医療メディエーターの資格を取った時に、ナラティブを学びました。
医療メディエーターにおけるナラティブとは、患者や家族の経験、価値観、目標を理解し、医療チームとの橋渡し役として、より良い医療連携を促進するためのストーリーテリングです。
対象者がどんな生い立ちで、どんな環境で過ごしてきたか、何を大事にして、何が嫌いか、みたいなことまで踏まえた上で、コンフリクトを解消していく手法です。
経験や価値観などは人それぞれですよね。ということは、《べき》も人それぞれの尺度があるということです。
どちらの《べき》が正しいということはなく、時には自分の常識が相手の非常識になっているかもしれないという意識を持つことも重要だと思いました。
②寛容であること
澤さんは、3重の円を示し、1番内側の円は自分と同じ=共感、その円の一つ外側の円は少し違うけど受け入れできる範囲=許容、さらに1番外側の円は受け入れられない=怒りだと説明しました。
そして、大切なことは2番目の円の面積を少しでも大きくすること。
つまりは、寛容であるということ。
職場にいつも何かに怒っていて、いつも誰かを否定する人っていませんか?
私の職場にはいます。
最初は起きた物事に対して怒っていたのに、気づけば「あの人は自分のことを○○だと思ってるんだ」とか、「また次もこんな嫌がらせめいたことするに違いない」とか、事実ではないことや、まだ起きてもいないことをあれやこれや妄想し始めて、さらに怒りがエスカレートしていくんです。
きっと、この人は1番外側の円がすごく大きいんだろうな、と思いました。
もしくは、2番目の円がほとんどないに等しいのか。
あまりに、自分の《べき》に軸足を置いてコミュニケーションを取ろうとすると、気力体力ともに無駄に消費されてしまうということです。
③怒りでは相手をコントロールできない
特に日本のサラリーマン社会では、怒りで相手をコンロールするやり方が横行しているらしい。
私の職場も、そういう傾向あるなと思います。
一昔前は、医者はお医者様の時代。
気に入らないことがあると、怒鳴り散らしたり、壁や机を叩く先生いましたよ。
今じゃ、パワハラ認定確定ですよね。
昔に比べたら、今の医療業界はかなり働きやすくなっていると思います。
怒りはとても強いパワーを持っているので、ともすれば相手をコントロールできてしまうのですが、怒りをぶつける時に、伝家の宝刀のように使う言葉があるのをご存じですか?
それは、
あなたのためを思って です。
あなたのために、私は怒っているんだと。
そして、もう一つ、
何で why
何でこんなことしたの?
何で相談しなかったの?
何でもっと早くしなかったの?
何で、何でと相手を問い詰めてしまう。
正直、仕事でも家庭でも思い当たる節ありました。特に息子を怒る時は、この2つのフレーズよく使ってました。
この何でというフレーズはとてつもなく相手にプレッシャーを与えるのだそうです。
確かに、息子に怒っていると、息子は黙るばかりで、しまいに私が「何で黙ってるの?言いたいことがあれば言いなさい」と、何でと問い詰める。息子が「ごめんない。」と謝ると、「何で謝るの?何が悪かったの?」って、また何で…
何でって言うたびに息子を追い詰めていたんだなぁと気づきました。
部下に話をする時もそうです。
ミスをした部下を呼び出して、何でと聞いてしまっていました。
じゃあ、こういう場面でどう言えばいいのか?
何が what
何が起きたの?
どうしたら、助けられる?
このフレーズに変えるだけで、対象が相手から起きた事柄に変化し、相手も話しやすくなるそうです。
何でと矢印を向けられたら、相手は自分を守ろうとする心理が働く。隠そう、誤魔化そうとするため、原因が掴めず解決に導けない。WHATから始めると、具体的に起きた事柄を分解して考えることができるので、解決に導ける。
このアプローチが大事なんですね。
動画では、解像度をあげると表現されていましたが、怒る前に、何が起きたのかに注目することで、無駄に怒ることを回避できるようです。
起きたミスを次の成功に繋げることが目的であれば、怒る必要はないということですね。
まとめ
では、怒らない人が素晴らしい人か、というとそれも違うと思います。
冒頭に紹介した、面接でのやりとり。
全く怒らないということは、自分の《べき》を持たないということ。ある意味《べき》は自分という人間を形成する上でとても大切な領域だと思うんです。
時には、《べき》に従って物事を判断する場面が出てきます。自分の軸があって、軸足を少しずらすのと、そもそも軸がないのとでは意味が違いますよね。
対人関係では、寛容であることが重要だということですが、自分の軸はしっかり持っていたいな、と思いました。