名探偵に薔薇を 城平京著 創元推理文庫(1998年7月発行)
アニメ化された「虚構推理」。この原作者は他にどんな作品を書いているのだろうと気になって出会ったのがこれでした。ちょっと古い作品です。
タイトルだけ見て、発行当時に流行っていた気障っぽい名探偵ものの連作集かと思ったのですが、帯の文句に目を奪われました。
そこまで言うか!しかも二部構成でなんとなくトリッキーな感じがする。文庫裏面のあらすじには、何やら不気味な童話らしきものが掲載されているのみ。面白そうな予感がたっぷりでしたので、購入です。
物語はまず第一部で「メルヘン小人地獄」という悲しくも残酷な童話から始まります。小人地獄というのは毒薬の名前で、大量に摂取するとすぐに吐き出してしまうほどの苦みを感じ検出も可能である一方、適正な容量であれば無味無臭、冷水でも温水でもよく溶けて口にしてから一時間程度で心不全を発症。解剖しても毒の検出は極めて困難というまさに完全犯罪が可能な毒薬でした。
世に知られたのは三十年ほど前のことであり、今になって各メディアに突然配られたこの童話によって再び世の中を騒がすこととなります。そして事件は童話に基づいた見立て連続殺人へと発展していきます。おお大好物な展開!
今回の主人公、というか狂言回しは三橋荘一郎。大学生で連続殺人の渦中にある藤田家の娘、鈴花の家庭教師です。鈴花はおそらく11~12歳。小学校卒業間近ですが、少々病弱なようです。また荘一郎はとても人当たりがいい上に世話焼きで、ついいろんなことを相談したくなる。それでいて芯の強さがあり、一度決めたことは頑として譲らない。決めた目的に邁進するタイプのようです。男として憧れるなぁ。
このあと、鈴花を守るために荘一郎が名探偵を呼び、この名探偵があっという間(呼ばれて二日後)には事件を解決して第一部が終了します。
ここまでの感想をまとめます。
文体が不思議。三橋の視点で流れるようにストーリーが進む中、章の切れ目に文語体というか古い推理小説のような表現が時おり見られます。それが事件の猟奇性と相まって、不思議な世界観を形成しているといえるでしょう。
鈴花が幼いです。少々描写があいまいなので迷うのですが、第二部での描写からして十二歳前後。その割には荘一郎への接し方が幼いんですね。信頼して甘えきっているのかもしれませんが、描写を見る限り十歳ちょい前ぐらいにしか感じない。ちょうど憧れの「お兄ちゃん」が現れて、それに頼り切っているという感じ。偏見かもしれませんが十二歳ぐらいになれば、もう一歩進んだ感情が芽生えてきてもおかしくないと思うのですが。
名探偵がすごいです。名探偵の名前は瀬川みゆき。荘一郎の旧知で同じ大学にも通っています。寡黙で不愛想。それでいて事件解決で失敗したことがないという優秀な名探偵です。どうやら彼女は情報などに基づいて仮説を立ててから、それを検証する手法をとっているようで、今回の事件も荘一郎からの依頼を受ける前に接していた報道などから「ある違和感」を感じていたため、荘一郎からの詳細情報によって、すぐに真相にたどり着きます。
迷いがなく一直線。冷徹に見えてそれでいて何か過去に心の傷を負っているような、そんな不思議な雰囲気の女性です。そのため、真実を暴いたことによって依頼者からひどくなじられることも数多く、名探偵だからこその苦悩も多く抱えているようです。
事件を解決した名探偵が心の内はどうあれ、周囲からは褒めそやされ尊敬され感謝されるという一般的な名探偵像とは、かなりかけ離れた人物描写もとても興味深いものでした。
この第一部で小説が完結していても特に不満はなかったと思います。また別の事件で彼女の活躍が見たいな、と思うでしょうし、事件そのものもかなり濃密なおどろおどろしいものだったので、十分に満足?できました。また、「名探偵に薔薇を」というタイトルにしても、「つらいかもしれないけど感謝している人もいるんだよ」という瀬川に対する激励ととらえられますので、第二部が必要なのか?いったいどんな展開になっていくんだ?と期待をこめて第二部を読み始めました(すでに帯の文句に操られているような気がするのだが)。
そして第二部
舞台は二年後です。登場人物は基本的にかわりません。第一部と比べて一人増えるぐらいです。場所も一緒。時間が経っている分、登場人物の社会的地位が変わっているぐらいでしょうか。
この藤田家で再び事件が起きます。今回は二年前には犯罪には用いられなかった毒薬「小人地獄」による殺人です。ネタバレとまでは言いませんが、未読の方の興をそぐことになりかねませんので事件の詳細は省きますが、この事件を解決するために再び瀬川みゆきが登場します。
事件発生から間もないため情報が不足しており、瀬川自らいろいろな情報を集め始めます。物語は第一部から変わって瀬川視点で描かれていきます。
登場人物も少ないため、犯人特定自体はそれほど難しくもなく意外でもありませんでした。瀬川の推理披露が始まります。自首をすすめる瀬川に難色を示す関係者。5日たっても自首がない場合は自ら警察に告発するといい捨てて瀬川はその場を去ります。
その5日間のあいだに新情報がいくつか瀬川のもとに意図的あるいは偶然にもたらされて事態は新たな様相を見せ始めます。第一部で抱いた感想もいい伏線になっています。そしてクライマックスはまさに二転三転。行きつく間もなく読み進めました。
この作品は鮎川哲也賞の最終候補作品。「ラストのプロットに前例がある」ということで受賞はなりませんでした(あいにくとどの部分がどんな作品に用いられているのかはわかりませんでした)が、そんなことは関係なく、ぐいぐいと引き寄せられる最終章でした。
たしかに「名探偵に薔薇を」というタイトルしかありえません。名探偵瀬川みゆきのこれからにエールを送りたくなります。