哲学科BL漫画を哲学科卒業の人間が読む
タイトルの通りです。
はじめに
rentaでBLをかなり読んでいる私ですが,ある日おすすめにこんな漫画が出てきました。
あらすじ
哲学科BL……だと!?!?
あまたのBLを読んできた私ですが,哲学科を卒業した人間として俄然読まずにはいられない!!!
しかも哲学は単なる一設定に留まらず,作中にそれなりに強く出る模様。更にはrentaのレビューの平均評価は驚異の5段階中4.9,しかも哲学要素が良い! というコメント多数。
哲科はとにかく文学部の中でも日陰の存在です(少なくとも私がいた大学はそうでした)。まず注目される事が殆どない。だからこそ,哲学要素が良いなんてコメントを見た暁には,もう体がうずうずして仕方がない!!! 書かずにはいられない!
ことわっておきたい事
正直私は哲科を卒業したもののめちゃくちゃ挫折しました(哲学をネタに卒論を書けなかった)。なので正直哲学について語る資格はありません。
この記事を読んでくれる方には取り敢えず,私のこの記事は個人の一意見,特に数多いる哲科を卒業した人間のうちのたった一人の意見としてとどめておいていただければと思います。
ちなみに私が初めて読んだ哲学の本は大森荘蔵の流れと淀みでした(全然理解出来なかった)。
またこれ以降本作品のネタバレが多く出ますので,未読の(且つBL好きな)方はこの記事を読む前に是非一度ご自身でお読みになってください!
哲学要素
ニーチェ
まず主人公(受け)の専門がニーチェらしいのですが,この時点でBLとしては相当面白いです。でも折角なら,ニーチェの哲学にまつわる話が作中ちょっとでも出れば個人的に嬉しかったです。
ニーチェの本は学部時代に講義で2冊読みましたが,(攻め君の専門である)現象学系の本に比べれば幾分読みやすく,哲学が苦手だった自分でもほんの少しは理解出来ました。しかも当時の西洋人にとってキリスト教とは如何なるものか,みたいなのが読んでて伝わってきますし。
あの本読んでどう思った? みたいな話って,ひいてはその人の価値観も垣間見えるじゃないですか。そういう意味で,テクストのどの文をどう読むかみたいな話が出てきたらBLとしても面白かったんじゃないかなと勝手に思いました。へーこいつその文そう読むのね,みたいな。
ソクラテス
あとソクラテスの扱いがあんまりで,それで良いのか? と思ってました。哲学ガチ勢にとってはそういう存在なんですかね?
仮にも哲学を愛してると言う人間たちが,「(ノリが違う人と喋るのが好きなんて)鬱陶しく思われて投獄されそう」「そんときゃ大人しく毒飲んで死ぬ」なんて酔ってたとしても言って良い……のか? 取り敢えず私なら言えない! 自分の論理のために自分の命は捨てられない!! だからこそソクラテスはすげえ(はず)。
蛇足ですが私がいた大学のギリシャ哲学担当の先生はめ~~~っちゃくちゃ怖い先生でした。朝一限のギリシャ哲学の必修講義,絶対遅刻出来んと思いながら半泣きに近い状態で受けていたのが懐かしいです。
メルロ=ポンティ
この名前がBLに出てくるだけでもめっちゃおもろいんですが,でもだからこそ思うことがある。
副主人公(攻め君)の専門がデカルトかメルロ=ポンティという並びなんですが,どうにもなんか変な感じがしました。いくらなんでも二人の年代が違いすぎる! 300年くらい違う! その間に何人か挟むやん?
あとメルロ=ポンティが好きだなんて渋い,と受け君が攻め君に思うシーンがあるのですが,渋いというか何ならわりと王道なのでは!? と思いました。
ギリシャ哲学
作中に二人の恋路をかき乱す者として,同じ哲科で博士課程のパイセン(葉山さん)が出てくるのですが,専門が新プラトン主義とあって,マジで初めて知る概念で笑いました。あっそういうのがあるんだ〜ってBL漫画で勉強になりました。本当落第生です。
とはいえ,私のいた大学だけかもしれませんが,哲学科の中でもギリシャ哲学ってまあまあマイナーという感じはありました。高校の倫理とかで哲学に関して触れる分にはメジャーな感じはするけど,実際大学の哲科に入ってギリシャ哲学をしっかりやるって事は,少なくとも私にはありませんでした。講義でちょろっとやるくらい。モノ好きな人はギリシャ語取るけどみたいな。
だからそういう意味では,饗宴とかパイドンとかそういう言葉が作中バンバン出てくるのが新鮮でした。そもそもあらすじに出てくる「魂の片割れ」とか,何のことだか最初は分かりませんでした。読んでいくうちに思い出しました,ああプラトニックラブのアレね、みたいな。
まあそんなこんなで,葉山先輩の指導教官はきっと彼の存在が相当嬉しいのではないだろうか……(渡英までする熱意があるし)。
印哲
出,出たーーーーッッ!! インテツ!!!! 読んでた時もうオモロ過ぎて声出して笑いました。この作品のポテンシャルはヤバい! てか私知らないんですけどギリシャ哲学と印哲って何処か通じたりするんですか?? 私全く分かりません!!(でも興奮する)
印哲は私が学部生だった頃にもあったんですが,そこはそもそもゼミに入る学部生が二,三年に一人いるかどうかというレベルでした。マイナーである哲学の中で最もマイナーな領域と言って良いかもしれない。でもそれだけに興味が出てくるのがインド哲学! 自分は行かないけどどんな人がいるか気になる専修!
私が学部時代唯一マトモに読んでいたショーペンハウエルも何故か自分の思想の拠り所に印哲を持ち込んだりした!
私は印哲について何も知らないのでこの漫画で是非葉山先輩に語って欲しかった……!! 輪廻転生とか出てくるけど、印哲の世界はきっとそれどころじゃないはず!
漫画本編とは関係ないですが,下の本で西洋人と東洋思想の関係が記述されていてめっちゃ面白かったのでお勧めです。西洋人にとってキリスト教が如何なる存在であるのか,と同じように,西洋人にとって東洋思想とは如何なる存在か,みたいな事が知りたい方に是非。
アカデミア要素
攻め君は学者志望で一年から原典を読むような勉強会に参加していて(そんな奴ほんまにおったらめっちゃ怖い),受け君も学者志望ではないものの超天才のため指導教官から非常に可愛がられています。
そんなこんなでアカデミアの描写が作中結構出てくるのです。哲科ではもうありませんが現役院生たる私としてはもうね,興奮せざるを得ませんね。
でね,それも結構色々言いたい事があるので以下に書きます。
ゼミ室に寝るのをためらう院生おる?
博士課程の葉山先輩が,貴重品その他もろもろを空港に置き忘れてしまって今夜の宿困った! みたいなエピソードが出てきます。
その際何処で寝泊まりするかという話になって,ゼミ室に泊まることを葉山先輩は躊躇します(右下コマの手書き)。
でも私としては,意味不明な論理かもしれませんが,哲学の博士まで行ってる、正直に言ってアカデミアに骨を埋める覚悟のある人がゼミ室で寝るの躊躇するかな!? と思いました。
そもそもここ(ゼミ室)は正確に言うと教授の部屋らしく,その意味で怒られるというのは教授からという事になるのですが,普通に教授の部屋じゃない研究室で寝れば良くないですかね?
細かいところ
作中主人公たちが指導教官のことを名字+教授と呼ぶところに違和感がありました。学部と院で私は違う大学に通いましたが(院は専攻違うけど),どっちも名字+先生呼びだったから,文系は割と共通なのではという気がします(違ったらごめんね)。
あと「院の勉強」とか「教授になるのが夢」みたいな言葉も気になりました。普通に「研究」では? あと教授になるという言い方よりも研究の道に進みたい,研究者になりたいみたいなのがアカデミアでは一般的な言い方なのでは無かろうかという気がします(教授は役職だから)。
因みに私も学部一年時点での夢は学者でした。やっぱり言い方としては教授になりたいではなかったですね。
主人公達は勉強会に参加するくらい勉学に熱意がある子たちだし,尚更アカデミアに染まった言葉遣いをするのでは!? ふざけて院の勉強とか言う時はあるかもだけど,少なくとも葉山パイセン(博士課程)には言わない気がする。
結論
次はもうちょっと濃いめで!
哲学徒は私の知る限りですがとても真面目な人が多いです。あと先生にいっつも質問しているような,ちょっと前のめりな人もちらほらいる印象。取り敢えず考える事が好きでたまらない,専攻の就職実績とかどうでも良いと思ってる人たちが集まるところです。
そういう意味で,受け君のちゃらんぽらんな感じと攻め君のクールでいかにも俺様みたいな感じなのが,最初から最後まで哲学科BLとして何かしっくりこない感じがありました。いやまあBLはそもそもファンタジーだけど,せめてどっちかがクソ真面目かクソ頑固であって欲しかった。
哲学をせっかくテーマにするんだったら,フィロソフィーの部分がもう少しあって欲しかったなと思いました。それこそフーコーとか出しちゃだめですか? 三角関係なんてまさにパノプティコンじゃないですか? ……違うか。
或いは二人でめちゃくちゃ問答するとか。弁証法を用いてお互いの気持ちを伝えるとか。cogit ergo sum持ち出すとか。どれだけ疑ってもこの気持ちは……って描写出来たりしません? 無理か……。
でも哲学科を舞台にしてくれたことには感謝しかありません。どうやら重版かかるくらい人気が出ているようなので,もし弁明2が始まったら,その辺の哲学描写今度はもう少し濃いめでどうかお願いします!