世界インフレの謎
労働者や消費者の行動の変化(これは「行動変容」と呼ばれています)はなぜ起こっているのか。行動変容はどの程度続くのか。個々人の行動変容は一見したところ些細なものに見えるのにそれがマクロの物価を動かすほどに大きな影響力をもつのはなぜなのかー巣篭もりから社会に出てきた人たちなんです行動と、それに起因する物価の変化を観察した経済学者たちは、新たな疑問としてこんなことを考えはじめています。
これらの疑問はどれも答えを出すのが難しく、いまのところ経済学者の¥間にコンセンサスはありません。しかし、それでも、こんなふうに考えてはどうかという方向感は出てきていると私はみています。
一人ひとりの些細な行動変容が、なぜインフレというマクロの変化、社会全体に及ぶ変化を引き起こすのか。この点については、あるひとつのキーワードが浮かび上がってきています。
これまでの2年間にわたるパンデミック下での人々の経済行動を分析した研究が、さまざまな研究者から発表されています。それらが共通して指摘する大事なポイントは、ウイルスとの闘いにおいて、世界中の誰もが同じ行動をとってきたということです。ステイホームはその最たるものです。そして、経済再開の局面において労働者や消費者に見られる行動変容も、同様のことが言えます。この大きな特徴を言い表すキーワードが、「同期」です。
通常、人々の経済行動は同期しません。たとえば、誰かがレストランに行かなくなったとすば、その分レストランには空席ができます。もしかすると、店員の接客が丁寧になるかもしれません。そうなれば、誰か別の人がそのレストランに行ってみようかなと考えるでしょう。このように、通常であれば、「捨てる神あれば拾う神」で、誰かが何かの行動を取れば、それと真逆の行動を別の誰かがとることになります。こうしたメカニズムによって、経済は全体としては安定が確保されるのです。
株式に売買などでも同じことが言えます。この銘柄は先が暗いと思った誰かは売るでしょうが、別の誰かは今こそかいだと考えます。その二人が出会うことで取引が成立します。そのようにして、意見が違う多様な人たちが株式の売買に参加することで、市場の安定が保てれます。もし、すべての人がその銘柄は売りだと考え、個々人の売りが完全に「同期」すれば大暴落が起こってしまいます。
国をまたいで動機が発生することは、さらにあり得ないと言えるでしょう。地理や政治、経済などにのあらゆる条件がまったく同じ国はひとつとしてないからです。すべての国を同じ現象が同時に襲うということも、通常はあり得ないからです。新型コロナウイルスによるパンデミックによって、まさにこのあり得ない現象が起こっています。
パンデミックによって、人々の行動が同期すた理由は明白です。世界中のすべての人にとって、ウイルスが共通の敵だからです。人類が曲がりなりにも対ウイルスの共同戦線を張れたことは、今度のパンデミックに大きな成果だろうと私は思います。そのことによって多くの人命が救われたことも大いに誇るべきです。しかしその副作用として、これまでの常識が理解不能なマクロの経済経済変動を生じてしまいました。その最たるものがこのインフレであり、今度はそれが人類を苦しめているのです。
ウイルスと闘うという観点では、同期は望ましいことです。国中の人々が、あるいは世界中の人々が同時にステイホームをすることによって感染拡大が防げるからです。人ごみが少なくなったのを見計らって街に来る出すような人が出てくいると、ウイルスの封じ込めができなくなってしまいます。ですが、経済の安定という観点では、同期はきわめて厄介なものです。
個人ごとの些細な行動が同期して、マクロ規模の大きなインパクトを引き起こすというような事態は、ここまで述べたとおり、通常ではほぼあり得ないことでした。そのためデータの蓄積も、そして知見の蓄積も不十分なのです。だからこそ、この「同期」が、私たちがかつて軽々したことがない大きなうねりとして、世界経済に使用をきたすほどのインパクトとなっているのです。
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