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vol.139 宇野千代「八重山の雪」を読んで
「はる子」と「ジョージ」の無邪気な愛の物語。後先考えずに突き進むそのひたむきさに、心が微笑ましくなった。宇野千代が実話をもとに書き下ろしたとういこの作品、著者の人柄も伝わってくる。
内容
主人公「はる子」が若い頃の「いたずら」を語る形式で始まる。時代は太平洋戦争後2、3年の頃、松江(島根)に駐屯していた英国海軍兵「ジョージ」と出会う。「はる子」には結婚話が進んでいた男がいたが、「ジョージ」と恋に落ち、大金を持ち出して逃げる。すぐに捕まるが「ジョージ」は軍を脱走し、再び「はる子」と島根の山間(現雲市掛合町八重山)で逃亡生活を始める。山間部の叔父の家で穏やかな幾日を過ごすが、やがて二人は最後の日を迎える。(内容おわり)
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時代は終戦まもない頃、まだまだ人と違うことで、偏見や差別を受ける社会だったと思う。
そんな中でも、互いに寄り添う優しい想いは、純真そのもの。罪だと分かっていても、自分の気持ちに正直に行動する姿は、危なっかしいけどどこか応援したくなる。なにかと抑圧されていた当時の女性の感情を思うと、お金を持ち逃げしたとはいえ、酌量できるものがある。
「はる子」が好きになった男は、ちょっと前までは敵国の兵士で、言葉もままならない人だった。髪や目の色も周りと違って、体も大きく目立つ存在だった。当然付き合っていることが世間に知れると、偏見や差別を受ける。
そんなことは分かっていながらも、二人は恋をしてそれぞれの環境から逃げ出した。二人を支えたのは、父や遠縁の人たちだった。彼らの優しさや身内に対する思いやりが、よりこの物語を穏やかなものにしていると感じた。
最後は突然にやってきた。そこが実話としての自然の流れなのかもしれない。
宇野千代、恋多き女との紹介もあった。
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この物語は、遠い過去にあった若い頃の「いたずらな出来事」だったかもしれない。しかし、ふんわりとした優雅な語りにつられて、いつの間にか彼女の過去の世界にいた。
本を閉じてそっと祈る。八重山に降り積もる雪の中でひっそり暮らす「はる子」と「ジョージ」とその息子の「勉」が、ずっと幸せでありますように。
いい小説だった。
続編といわれている岩国基地を取材して書いた「チェリーが死んだ」も読んでみたい。
おわり