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46/1974年が日本の断層
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【記事のポイント】1974年は、テレビが『時計』としての役割をになった最後の年でした。翌1975年にはビデオデッキが発売され、テレビ番組の1回性は失われていきます。日本的モダンが次のタームに入る、直前の年だったのです。
第5章/5. 1974年と日本的終末感
1974年の日本には、世紀末的な香りが色濃く漂っていました。
本当の世紀末にはまだ20年あまりを残していましたが、このあたりが日本の終末感覚のピークだったように思われます。
というのも、その後の日本は便利さとサービスの追求を加速させ、社会全体として時間の感覚を麻痺させる方向へと発展していったからです。
セブンイレブンの1号店が開店したのがこの年。
翌1975年にはSONYのベータ方式ビデオが発売になっています。
便利で差し換え可能な時間へのパラダイム・シフトが、すぐそこまで迫っていたのです。
いずれにせよ、1974年当時には、もっとオカルティックな世紀末感が漂っていました。
その空気をあおったのは、前年末に発売された五島勉著『ノストラダムスの大予言』であり、この年に封切られた同名の映画でした。
1999年7月に「恐怖の大王が舞い降りて、アンゴルモアの大王をよみがえらせるだろう」というもの。
人類の滅亡を予言した、恐ろしい文言とされました。
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現在の日本の文化がいかにしてつくられたかを、ルネサンス以来の大きな流れの中でひもときます。
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マインドブロックをつくり出しているのは、自分自身です。それが腑に落ちると、すべては一気に好転し始めます。ただし、つくり出す過程は『自分一人…
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1975年には、時間意識の大きな断層があります。
そのことをテレビマンガをテーマにひもときます。
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日本人の意識が、なぜ1970年代に大きく変わったのか? それは、ビデオの登場によって映像の視聴体験がまったく別の形になったからです。 ビデ…
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