10/3(土)「坂卓球」
わんさかと犬が押し寄せるからワン坂と呼ばれている坂が生活圏内にあって、そこで坂卓球の全日本大会が開催されていたので、みかんを買いに行くついでにのぞいてみた。
何回戦なのかは全然わからないが、ちょうど始まるところだった。
対戦カードは
ホテルマンみたいなポマード男 vs ホテルマンみたいなポマード男
という謎のそっくり対決だった。
そういうルールなのか?と不思議に思っていると、周りから
「かぶったな」という声が聞こえてきたので、かぶったんだなと思った。
ポマ男たちは審判に促され台の横に立ち、握手とラケット交換を済ませると、ラケットを台に置いて片方の拳を撫でたり、手をぶらぶらし始めた。
そして、「しょっしょいがしょーい!」という掛け声でじゃんけんをした。
少し背の高い方のポマ男がチョキで勝ち、「ラーーーーー!」と雄たけびを上げた。
負けた方のポマ男は出したパーをじっと見つめていたが、キッ、と勝ちポマ男を睨むと、ラケットを取って坂の下の方に行った。
ルールが書いてある看板を読むと、試合が終わるまでコートチェンジはでないという。
ぼくは、坂の下の方めちゃくちゃ不利だな、ひどいルールだ、と思いつつ、「これが、坂卓球か…」と言ってみた。
「うん」と、隣のメガネをかけた女が頷いた。
いざ試合。
坂の上の方のポマ男がサーブを打つ。
強烈なサーブが傾斜で加速し、坂の下のポマ男が伸ばした手の横を通り抜けていく。
球はそのまま坂を転がって行く。
すると、ピッ、と笛が鳴り坂の下のポマ男が球に向かって走り出し、滑り込みながら掴むと、走って戻ってきた。
「セーフ!」と審判が言い、サービスエースを決めたポマ男の方に1点入った。
ルールが書いてある看板をまた読むと、坂の下の方の選手は転がったボールを拾いに行かなければならず、戻ってくるまでに経過した時間、1分毎に1点が相手に追加で入るという。
ぼくは、坂の下の方不利な上にめっちゃ疲れるじゃん、と思いつつ、
「これぞ、坂卓球か…」と言ってみた。
「うん」と、隣のメガネ女がまた頷いた。
再び坂の上のポマ男がサーブを打つがやはり坂下ポマ男は取れず、球は転がって行く。
笛と同時に坂下ポマ男が追う。
すると、ギャラリーに居た犬が飼い主を振り払って飛び出し、もう少しで取れそうだった坂下ポマ男を追い抜かし球を咥えて坂を登って飼い主の方に戻って行ってしまった。
ギャラリーは騒然。
坂下ポマ男は顔をくちゃくちゃにして坂を見上げる。
ストップウォッチを見ていた審判が「イプーン!」と言った。
坂下ポマ男は走って坂を上がり、ぜぇぜぇ言いながら犬が咥えた球を奪おうとする。
しかしぐるる唸りながら全く離さない犬。
「ニフーン!」
それを聞いた坂下ポマ男はオロオロしている犬の飼い主の前に立つと、
「テメマジでちゃんとしつけしろや!オマエのせいで負けんじゃねえか!オマエん家のアホのワンコロのせいでよぉ!」と目を剥いて叫んだ。
「サプーン!」
容赦なく審判は宣言する。
坂下ポマ男は飼い主にツバを吐きかけると、犬に飛びかかりラケットでガンガン口を殴り始めた。
ギャラリーは悲鳴と興奮でどよどよの渦。
その後、犬が口から離して転がった球をまた別の犬が咥えたり、喧嘩目的で球を奪ったやばい奴と殴り合いなどしている内に、
「キュフーン!」と審判が宣言し、坂上ポマ男が1点+9点取り、1ゲームを取った。
汗と涙でぐしゃぐしゃの坂下ポマ男は、
「もういいよ!」と言うと、審判と坂上ポマ男をグーで殴って帰って行った。
ぼくは、なんて血生臭い競技なんだ、スポーツマンシップの欠片もないと思いつつ、
「これも、坂卓球か…」と言ってみた。
「うん」と、メガネ女はまた頷いた。
ぼくは、いけるんちゃうか、と思いつつ、前を向いたままメガネ女の手を取ってゆっくりと指を絡めると、
「これが、女の肌の柔らかさか…」と言ってみた。
「うん」と、メガネ女は言って、ぼくの手をしっかりと握った。