メカニカル美
美の究極は機能美。
元メカ屋の私としては、そう思ってしまいます。
様々な生物の現在の姿は、これまで起きてきた環境変化の中で生き延びるために獲得した進化の結果です。良いデザイン、美しいデザインを観たとき感動するのは、そこには本能的に感じとられる強さがあるからかもしれません。
今回は、完全に趣味が入った内容です。写真は、分解したハードディスクと磁気ヘッドの部分を、横から撮ったものです。
●ハードディスクを分解
家のファイルサーバに使っていたハードディスクが壊れたんです。
ほとんどは Google Drive に移行していたので特に困らなかったのですが、一番困ったのは
「システムが立ち上がらない!」
何か勝手にアクセス権限がかかってしまい、フォーマットもできず、データが消すに消せないんです。
なので、分解しました。
外のカバーを開けると早速HDD本体のお出まし。
「WDの4TBか・・・、進化したもんだなぁ。」
HDDの研究開発に関わる仕事もしていたので、感慨深い思いを抱きつつ、破壊行為を進めていきます。
●悲しい運命のストレージデバイス開発
しかし、ストレージデバイスの開発って、考えてみるととても悲しい運命ですよね。
確かに、記憶密度の向上は、間違いなくIT関連のテクノロジの進化に、直結した貢献をしています。
一方で、記憶密度の向上は、記憶容量当たりの単価を下げるものです。
私が最初に外付けHDDドライブを買ったのは、大学のパソコンのデータを保存しておく用途でした。その頃の手ごろなHDDは、なんと16GBで5000円くらいでした。
現在16GBというと、microSDカードでも全然物足りない容量ですよね。その頃から比べると、現在は信じられないくらい容量が向上し、容量当たりの価格が安くなりました。
これは、ナノテクノロジと言われる微細加工技術の向上によるものです。
つまり、先端の科学技術を駆使して、高価な設備を使い、懸命な努力で開発した結果が、製品の価格を下げるという「成果」をもたらすのです。
あとは、価格の低下以上に、大容量で高付加価値なコンテンツやソフトウェアが登場して、記憶容量の需要が伸びなければ、技術開発が進めば進むほど、自らの収入を減らしていく可能性があるという事です。
日本が国を挙げて、国産のメモリ開発に力を入れていたことがありましたが、いずれ限界が来るのではないかなぁと思っていました。まあ、結局は違う理由でさらに足を引っ張られたわけですが。
●開けてはいけないところを開ける楽しさ
思いっきり話が逸れました。
HDD本体を取り外して、上面のカバーを取り外します。
ちなみに、ここから先の分解は、もしまた元に戻して使うつもりの場合、普通の部屋で行ってはいけません。組立の際は、空気中のパーティクル(微粒子数)が管理された、クリーンルーム内で行われます。
なので、当然ネジは普通のプラスとか六角穴とかではありません。トルクスの精密ネジが、シールの下に隠れていました。
「ついに、以前無駄に買った精密特殊ネジ用ドライバーセットが役に立つ時が来た!」(いや、生産性のある目的ではないですが・・・。)
そして、上面のカバーとケースの間には、ポリスチレン系エラストマ製ガスケットが入っていました。
写真は、カバーを開けて上から見たところです。鏡面仕上げの丸いのが、ディスク本体(プラッタ)です。ケースに固定されたスピンドルモータで、流体軸受を介して非常に滑らかに回転します。
その下の三角形のものが磁気ヘッドとアームです。アームが回転して、磁気ヘッドでプラッタを磁化させてデータを書き込んだり、磁気を読み取ってデータの読み込みを行います。
左下は、アームを駆動するコイルと超強力な磁石です。ハンマーも吊るせるほど強力です。
カバー写真は、このヘッド側からディスク側面を撮ったものです。
●高性能を引き出す美
ディスクの回転数は、現在では 7200rpm が主流で、プラッタ外周の速度は 120km/hにも達するそうです。磁気ヘッドは、プラッタの回転によって生じる空気の流れで、プラッタ面から 10nm (1億分の1メートル)という間隔で浮き上がり、データを読み書きします。
その空力特性は、よく
「ジャンボジェット機が地面と1mmのすき間で飛行している」
と例えられます。
そのため、プラッタは非常に精度の高い、数オングストローム(分子レベル)の平面度に仕上げられます。写真でも、スマホの一部と天井がくっきり映し出されていて、実物は感動するくらい美しいです。
この写真は、アーム駆動部の上側の磁石を外したところです。扇形のコイル(ボイスコイルモータ)がきれいに巻かれています。
このコイルの電流と、磁石の磁界により発生する電磁力で、アームの位置決めが行われます。軸を中心に回転するため、磁石もコイルもそれに合わせた形状になっています。
何とも複雑な仕組みの割に、無駄のないデザイン。これこそ究極の機能美と言えるのではないでしょうか。
こんな小さな筐体の中に、これだけすごい仕組みが詰まっているんです。そしてITのテクノロジは、こうした高度なハードウェア技術の上に成り立っているのです。
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