刷り込まれた記憶
人はポジティブな出来事より
ネガティブな出来事を強く記憶する。
何かをしたことよりもされたことを記憶する。
私は相手の価値観と比べられたり普通に縛られ、
周りがおかしいのではなく、私がおかしいと言われ続けた
自分もそれに反抗することも疑問に思うこともできなかった当時…今に至って色々と気づくようになり、やっぱり私はおかしくなかったと強く思う。
いや、そもそもおかしいって思うこと自体がおかしいのでは?人それぞれ違って当たり前なのだから。私とあなたは違う、そういう心の広さがなくて、受け入れられてないのだろうか。
気が合う人を見つけるのはなかなか難しい。
特に狭い世界で生きてきた私にとっては
そんな確率はほぼほぼなかったのだろう。
それなのに気が合わない人たちばかりに囲まれ、
自分を見失い、安心できるはずの存在もないまま、無意識に憂鬱を抱えていたのかもしれない。
なんで、と思うことばかりで悔しい。
あなたの普通があなたの世界であったのなら、
私の普通だったはずの世界が見たかった。
もっと違う生き方ができたんじゃないかって、
真っ白な自分に戻りたくなる。
期待に答えなければならない空気、
察しなければならない空気も飽きた。
はっきり疲れるんだと語ろうか。
寂しさを埋めるためのコマのような扱いもいらない。
私はあの頃の私を救いたくて、
あの頃のような子たちになってほしくなくて。
忘れてしまった記憶も取り戻してあげたいとも思ったりする。
毎日を愛おしく過ごしたいばかりだ。