『真夏の通り雨』勝てぬ戦に息切らし/あなたに身を焦がした日々
勝てない戦は、たくさんしてきたなと思うけれど、
誰かに身を焦がしたことなんてあったかな。
通り雨って、過ぎていくだけの雨で、そのほとんどはすぐに止んでしまうから、あまり気に留めない人の方が多いと思う。
体が濡れて嫌な思いをしたり、雨宿りの為に入った屋根の下で同じ目的でそこに来た人とちょっとした話をしたり。
でも、忘れてしまうんだ。
どんな気持ちだったか、どんな話をしたか。
雨が降っていたこと自体も。
小さい頃に読んだ物語で、雨に関するとってもお気に入りのエピソードがある。
『僕が泣く時には、いつも雨が降る』
泣くことが許されない立場の男の人が泣くときに必ず降る雨。
それを降らせているのは、まだ少年だった彼が共に過ごした天狗。
仲間外れだった天狗は、ひとりぼっちの頬に伝う涙を隠すためによく雨を降らせていた。
それがある時、少年を見つけて、ひとり泣いている姿を自分に似ていると思い、雨を降らせてその涙を隠してあげた。
『だから、俺が泣いている時に振る雨はいつも温かかったのか』
ずいぶん前に、その天狗を失くしてしまって、もう泣くことも忘れてしまっていた男が戦いの終わりに涙を流す。男の頬の上で涙は、温かな雨と混ざり、色々な記憶が甦っていく。
一緒に泣いてくれる友であり、恋人であり、ライバルで、そして家族に近い存在がいたことを思い出す。
無意識に指をすり抜けてしまいそうな記憶を呼び戻す。
でも、もし、彼が忘れてしまったとしても、きっと雨は降るんだ。
彼の為に。
雨は、冷たいやさしさで包んでくれるもの。
冷たさも、温かさも感じ方ひとつ。
厳しさも、優しさも考え方ひとつ。
私は雨の日が好き。
もちろん、太陽がまぶしい日も好きだけれど、外に出たいなと思うのは曇りの日。
のんびりを外を眺めたいなと思うのは、絶対に雨の日。
肺いっぱいに空気を吸い込みたいなと思うのも、色々な匂いが混ざって濃く感じられる雨の日。
ペトリコールというのだったかな。
だから、私は雨のにおいがする音楽が好き。
歌詞に雨が出てくる曲はわかりやすいけれど、雨と同じ音や空気、匂いが感じられる曲っていうのが私の中にあって、それと合うような曲を作ってくれる人や歌ってくれる人が好きなんだ。
好きっていう気持ちは異性に対してだけ生まれる感情じゃないよね?
今、とっても好きなシンガーソングライターの人がいるんだ。
同性なんだけどね。
恋愛感情というのとは違うんだよ。
傍にいてほしいっていう好きとは違うんだけど、これからも長くその人に助けてもらうことになると思うんだ。
私からその人にできることは、おそらくないけれど、たぶん死ぬまで会うこともないのだけれど、ずっとその人の横にいるような気分なんだ。
私の傍で温かい雨を降らせてくれる人なんだ。
絶対に手が届かないところにいるから、ちょっぴり冷たさも感じるけどね。
それが憧れなのかな。