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歯車

 Kと出会ったのは、寒い冬の日だった。Kは、家庭教師として母から紹介された。性格も良く、頭も良い、おまけにスポーツまでできる完璧な人だった。

 当時、自分には好きな人がいた。同級生で、自分ととてもよく似ており、話をしていてとても楽しかった。恋愛に疎かった自分にとってそれは刺激的な毎日であり、学校がとても楽しかった。しかし、ある日そんな日々は終わった。自分の親友がその人と付き合うことになったと報告してきた。それが耐えられず、自分は逃げた。別に好きな人がいたと。

 幸せそうな二人を見ていると、心がモヤモヤし、自分をちゃんと制御できる自信がなくなっていった。変なことをしてしまわないうちに自分を騙してしまおう。それが始まりだったように思う。学校で二人を見る度に、違う、自分には好きな人が他にいると言い聞かせた。そうしているうちに、どんどんKにのめり込んでいってしまった。Kのいうことすべてが正しく、Kに言われたことはなんでもやろうとした。しかし、Kの言うこと全てを実行するポテンシャルがなかったため、自分がとても嫌いになり、また、思うように成果も出せず、両親にもKにも申し訳なくなり、逃げ出したい、消えたいと考える時間が増えていた。

 学校での成績もどんどん落ちていき、教師にはボロボロに言われ、同級生にはバカ扱いされた。もともと成績は良い方で、平均点以下をとるなんてありえないと思っていた自分にとって、学年で最下位近い順位を取り続けるという事実は耐えられないことだった。Kはそんな自分を慰め続け、粘り強く自分のわからないところを教えてくれた。当時の自分にとっては、泣いている自分の話をバカにすることなく聞いてくれた唯一の人であったし、色々なアドバイスや、Kが培ってきた考え方など様々な話もしてくれる頼りになる相談相手でもあった。しかし、自分はそんなKに答えることができなかった。毎日毎日必死で勉強したが全く状況は改善されなかった。そのうち、自分は、自分のことがさっぱりわからなくなり、なんでもないようなことでも涙が出るようになり、暴飲暴食により体調を崩してしまうことも増えていった。醜く、頭も悪く、何も取り柄がなく、泣き虫。そんなひどい姿の自分が本当に嫌いだった。

 受験の結果は案の定。謎にプライドだけ残っていた自分のお眼鏡に叶うような大学には合格できず、浪人が決定した。

 Kはとてもいい人だ。結果を出せなかったのは完全に自分のせいで、Kは全力でサポートしてくれた。本当はもう一年、サポートしてもらいたかったが、自分は完全にKに依存しており、Kがいないと何も決めれないし、Kに聞かないと不安でたまらなくなっていたため、このままではいけない、Kとすっぱりと縁を切ってこの依存をやめ、勉学に励もう。そう意気込んで塾をいくつも見て回った。勉強は自分でするものだからいい塾に入ったからと言って合格するとは限らない。そんな初歩的なことは理解していたが、塾選びに失敗した過去の経験から、自分なりに合う塾を見極めようと当時の自分はかなり頑張っていた。しかし、色々回って結局自分が感じたのは世の中の闇だけだった。甘い言葉を言って入塾させようとする輩や、誠実にやっていますよアピールをする輩。どれもこれも胡散臭く感じてしまい、とうとうKに相談をしてしまった。自分のことを心配してくれていたKから何度か連絡が来ていたので、その優しさに自分は甘えてしまった。結局大手の塾に入塾したがKとの勉強会も続くことになった。

 この手の塾では、入塾した時点でだいたい集団ができている。また、Kからやばいやつもいると聞いていた自分は、塾生と関わらずに過ごすことを決めた。予習復習をきちんとし、講師から言われた通りのことをこなし、毎日毎日、必死で、昼食もまともに取らずに勉強した。これもいけなかったのだろうか。半年ほど経つと、流石に人恋しくなった。話し相手が家族と塾の講師とKのみ。そのせいで、自分はさらにKにのめり込んでしまった。

 昨年よりも成績が上がった自信はあった。過去問を解いた時の手応えも良かった。他の受験生と差を作れるようにプラスアルファの知識も詰め込んで試験会場に向かった。やれることはやった。だけど、またもや自分は失敗してしまった。前年のトラウマのせいか、パニックを起こし、ありえないミスを連発した。あんなに頑張ってやった自分がなぜ落ちたのか、 理解できなかった。結局、自分は滑り止めの大学に進学することになった。

 大学に進学して、自分は精神の安定を少し取り戻した。友達ができ、サークルにも参加し、ある程度良い成績を取り続けた。それはKとの連絡を絶ってから手に入れた平穏だった。今考えても自分は狂うほどKが好きだった。Kの考えが自分に染みつき、それが基盤となっているほどにだ。ものの見方も教わったし、努力の仕方も教わった。自分の人生はKなしには語れないと思う。

 大切でずっと関わりを持っていたい。だけど、関わりをもつと自分の歯車が狂ってしまう。単なる自分の思い込みかもしれない。しかし、Kに会ってしまうとまた歯車が狂い、Kに依存してしまう毎日に戻るかもしれないと思うと怖くてたまらない。

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