保険業界の Vertical SaaS『Inspire』のビジネスモデル
この記事はFinatextグループ10周年記念アドベントカレンダーの13日目の記事です。昨日は小林さんが「Finatextは僕を変えた 〜23卒エンジニアの入社エントリ〜」という記事を公開しています。
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こんにちは。Finatextグループ 保険事業責任者の河端です。広告会社とコンサル会社を経て2019年にFinatextに入り、保険事業の立ち上げをリードした後、そのまま事業責任者を務めています。
Finatextの保険事業の成長をドライブするコアプロダクトが、『Inspire』です。大手SIerに外注してオンプレミスで自社専用システムを構築するのが当たり前の保険の基幹システムを、最初からクラウド上に構築してマルチテナントで、つまり「SaaS」として提供しています。
日本国内で、保険業界向けの基幹システムをSaaSとして展開している企業は当社を含めて片手で数えるほどしかおらず、さらに海外製品ではなく自社でイチから開発している例は当社以外にほとんど見当たりません。
そこで改めて、『Inspire』の “SaaS”という側面にスポットライトを当てたいと思い、このnoteを書くことにしました。
『Inspire』は Vertical SaaS
『Inspire』は、Finatextが2020年秋にリリースした、保険をデジタル化するための基幹システムです。AWS上に保険商品と保険契約の管理機能を構築しており、以下の特徴を持ちます。
デジタル保険の業務に必要な機能をワンストップで提供
従量課金型のSaaSモデルによりイニシャルコストを低減
高度なシステム設計による柔軟性・拡張性の高さ(特許取得済)
管理者・顧客の双方にとって分かりやすいUI/UX
「SaaS(Software as a Service)」とは、必要な機能を必要な分だけサービスとして利用できるようにしたソフトウェアもしくはその提供形態のことです。SaaSの必須要件を挙げるならば、以下2点になるかと思います。
インターネット経由で機能を提供
シングルアプリケーション/マルチテナント
このうち、「職種」に特化したSaaSがHorizontal SaaS、「業界」に特化したSaaSはVertical SaaSと呼ばれています。前者の例としては会計に特化したfreeeやSansan、後者の例としては不動産業界に特化したイタンジなどが挙げられます。
Finatextが提供する『Inspire』は、保険業界、その中でも特にデジタル保険の販売・契約管理に特化した Vertical SaaSといえます。
『Inspire』のビジネスモデル
『Inspire』のSaaSならではのビジネスモデルについて、4つの側面から紹介します。
1.サブスクリプションモデル
『Inspire』の収益は、以下の3つからなっています。
①フロー収益 … サービス導入時や追加開発時に受け取る
②ストック収益 … 既存パートナーから運用のために毎月受け取る
③従量課金収益 … 保険料収入等に応じた従量課金
従来の基幹システムは①フロー収益がメインです。莫大な開発費用と数年がかりの開発工数を前提とし、そのコストを回収できる保険商品用の販売システムしか開発できないため、デジタル保険などの新しいことにチャレンジしにくい、という構造的な問題があります。
そこで、『Inspire』では①フロー収益に加えて、②ストック収益と③従量課金収益というサブスクリプションモデルを追加することで、保険事業者にとってのコストを分散。保険事業者と一緒に成長していくことを前提とした収益構造になっています。
2.カスタマイズ
世の法人向けSaaSの例に漏れず、『Inspire』も保険事業者から多くのカスタマイズ要望をいただきます。
保険事業者はシングルテナントの自社専用システムに慣れているので、「従来やってきた業務に合わせて、こういう機能を入れてほしい」「新しい保険商品の仕掛けとしてこういう処理をしてほしい」といった要望を多くいただきます。
もちろん、要望をそのまま反映することはせず、本当に必要なものかどうか吟味はしますが、やはり保険事業者ごとにカスタマイズが必要な部分は一定あります。そこで『Inspire』では、カスタマイズ可能な領域(各社の固有の領域)を設けて、その領域内なら柔軟に対応できるようにしています。
このようなSaaSの特性を保険事業者の担当者にスムーズに理解してもらうために、オフィスビルに例えて、
「従来慣れ親しんできたシステムは自社ビル、Finatextの『Inspire』は賃貸オフィスだと捉えてください」
と伝えることもあります。
自社ビルは、外装・内装・レイアウトを自由に設計できます。その会社専用の環境で構築された従来型の基幹システムは自社ビルに近く、自由度が高いです。その代わり、場所の取得や建築費用、メンテナンス、運用管理のコストもすべて自社でまかなう必要があります。
一方、賃貸オフィスの場合、カスタマイズできる範囲は限られますが、比較的小さい初期投資で利用を始められ、事業成長や業容拡大に合わせてフロアを拡大したりオフィスを移ったりすることも比較的容易にできます。SaaSである『Inspire』はこちらに近いです。
3.絶え間ないアップデート
ある保険事業者からのカスタマイズ要望が他社にも共通するものであれば、カスタマイズ領域内ではなく『Inspire』の基本機能として開発することもあります。
『Inspire』の開発チームは、要望の起点が保険事業者かFinatextかを問わず常に新しい機能開発に取り組んでおり、これまで2~3か月に1回以上のペースで継続的に機能をアップデートしてきました。
機能追加には、システム肥大化、メンテナンスコストの増大、技術的負債の蓄積などのリスクが常について回ります。アップデートによって他社システムに対する『Inspire』の優位性を損なっては元も子もないので、エンジニアは機能の抽象化などの高度な設計に常にチャレンジしています。
4.データの可視化で意思決定をサポート
保険のデジタル化の先には、「データを使った最適化」があります。『Inspire』には、契約や保険金請求、支払いに関するデータが日々蓄積されています。まずはこれを安全なかたちで見える化することで、マーケティングや営業活動、ひいては事業レベルでの意思決定の最適化に役立てていただきたいと考えています。
すでに、グループ会社のスマートプラス少額短期保険ではBIツールを活用し始めており、顧客対応や査定などの業務に携わるメンバーを含めた全員が、各種数値をモニタリングできています。その結果、数字を追うことへの意識が全体的に高まり、打ち手についての議論が活発化したりPDCAサイクルが早まったり、という効果が出始めています。
今後は、可視化するデータの種類や分析のバリエーションを広げることで、顧客体験の最適化に役立つインサイトも提供していく予定です。
『Inspire』の強さはエンジニア主導での開発にある
リリースから3年で、メガ損保3社を含む9社の25もの商品が『Inspire』上で稼働しています(2023年9月時点)。
設立間もないスタートアップがこのスピードで実績を作れた秘密は、プロダクトとビジネスの開発を一体で進めたことにあると考えています。
『Inspire』の開発は2019年に始まりました。設立準備中だったスマートプラス少額短期保険の基幹システムとしての利用を想定しつつ、当初からほかの保険事業者への提供も視野に入れていました。
新規事業の立ち上げにおいて、ビジネスモデルの企画は事業開発担当者が主導することが多いと思いますが、『Inspire』はその点が最初から異なっていました。『Inspire』を Vertical SaaS として開発・提供することも、プロダクトとしての実装も、ドライブしたのはエンジニアでした。恥ずかしい話ではありますが、当時は私自身が「SaaS」という概念を正しく理解できておらず、エンジニアにリードされながら『Inspire』とその事業を一緒に作ってきました。
この立ち上げ期に、「そもそも保険とは何か?」という根本的な問いに向き合って保険の本質を捉え、従来のシステムに倣うことをせずにあるべき姿を追求したからこそ、未来の保険が必要とするシステムとビジネスモデルをゼロベースで考えることができたのだと思います。
このように、エンジニアやプロジェクトマネージャーなどの開発メンバーも事業開発に深く関わっていることが『Inspire』の特徴です。そして、こうして開発初期を振り返ってみると、メンバー全員が「保険の基幹システムでSaaSモデルを実現する」という野望を共有していることが、自律駆動できる組織をマインド面で支えているのかもしれません。
さいごに
保険業界のDXをドライブしていくために、これからも『Inspire』はSaaSモデルで成長していきます。保険DXは試行錯誤を繰り返しながら「正解」の方向を探る段階にあり、そこでは、新しいビジネスを下支えしつつ、ビジネスの変化と共にアップデートしていけるシステムが必要だからです。
保険事業者からのデジタル化の要望は年々強くなっていると感じます。SaaSモデルとはいえ、プロジェクトの拡大スピードに合わせて開発メンバーも拡大していく必要があります。デジタル保険を可能にするシステム構築において、『Inspire』の開発チームは国内で最強のチームだと自負しています。これを読んで少しでも興味を持った方は、ぜひご連絡ください!
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明日はTaikiさんによる「Adapting The Design Docs Practice for Mid-Sized Companies」です。お楽しみに!
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