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ほぼ宅飲みだけで日本酒通になる方法 ~その⑧の上~ わたしの燗酒入門


これも青春、わたしと燗酒の出会い

 燗酒を初めて飲んだ時の記憶はない。たぶん大学1、2年の時だったんじゃないだろうか。というのも、3年生になったばかりのまだ肌寒い季節に、新宿の居酒屋で友達と一緒に熱燗を飲んだことははっきり覚えていて、でもそれより以前に燗酒を飲んだような気がするからだ。
 
 あの日はちょうど花冷えという言葉がぴったり合うような、肌寒くどこか寂しくなるような夜だった。こんな日は温まるものを食べようと、友達と2人で新宿の居酒屋に入った。あの時飲んだ熱燗は、たぶん大手メーカーの醸造アルコールを添加した酒だったと思う。とにかくメチャクチャ熱かったような気がするから、50度以上あったんじゃないかな。香りはなく、アルコールの匂いが鼻腔を刺激する。比較対象がないから美味いかどうかという判断はできず、単に「熱燗ってこんなものなのかな」と思うだけだった。そもそも当時のわたしは、「日本酒=安くてまずい酒」と思い込んでいたから、特に味については期待することなく、暖を取ることが目的になっていた。それ以降自ら燗酒を注文することはなく、むしろいも焼酎のお湯割を好むようになった。
 

「いい酒は燗にするな! 」は正しい?


 社会人になってしばらく経った頃。ある同僚の行動が、わたしの燗酒に対する偏見をさらに強いものにした。その人はわたしの父親より年上だが、特に役職につくことはなく、渉外がメインで外回りばかりしていて、事務所には机すらなかった。彼と同じプロジェクトに取り組むということもなかった。だから上司と呼ぶことは出来ず、名前以外だと「同僚」としか言いあらわすことができない。

 彼はとにかく偏屈者で通っていた。ある日、彼は当時のわたしの上司と共に居酒屋に行ったらしい(わたしはその席にはいなかった)。そこで日本酒を注文した彼に対し、女性店員が「燗にします?」と確認したそうだ。すると彼は「こんないい酒、燗にするわけないだろ!」と怒鳴り散らしたらしい。
 
 彼の行動はツッコミどころ満載だ。まず、こんな些細なことで店員を怒鳴りつけるなんてカスハラ以外の何物でもない。そもそも「いい酒は冷やで飲むものであって、燗にするなんてもっての外」という考えそのものが偏見以外のなにものでもない。このことについては後で詳しく触れるけど、日本酒について何も知らなかったわたしは「そうか、いい酒は燗にしちゃだめなんだ。ということは、安い酒は燗にして飲むしかないってこと? そういえば昔新宿で飲んだ熱燗もあまり高そうじゃなかったもんな」なんて思い込みをエスカレートさせていった。

燗酒のイメージダウンの原因は?

 しかし、「燗酒=安い酒」という偏見は、わたしやあの同僚だけが持つものではなく、結構世の中に広まっているものらしい。1年に1回日本酒特集を組む雑誌「danchu」の2016年3月号は、ズバリ「今回は、お燗」という特集名で燗酒そのものにフォーカスを当てている。そのなかで日本酒ジャーナリストの松崎晴雄は、燗酒に対するネガティヴなイメージが広がった原因について以下のように述べている。
 
 当時(筆者注:高度経済成長期のこと)の燗酒はサラリーマンの宴会需要が多かった。効率よく大量に提供することが求められていて、必要以上に高温に設定した機械で、やたらと大きな徳利で提供した。あれではどんないい酒でもおいしく飲めません。
 
 またそれ以外の要因として、地酒ブームもあったという。
 
 “越乃寒梅”や“八海山”、 “〆張鶴”に“久保田”などが高級酒として人気を博したが、当時は「いい酒は冷酒で飲むという認識が一般的。ますます燗酒は窮地に追い込まれる。
 
 バブル経済の真っ只中で乱暴に酒がまかり通ってしまったことや、さらに新潟の淡麗辛口をはじめとする「いい酒」は冷酒で飲むものいうイメージから、燗酒の評価は下落していったのである。居酒屋の店員を怒鳴りつけたあの同僚は、30〜40代の頃にバブルを経験した世代だ。danchuで書かれたようなステレオタイプをそのまま受け入れてしまったのだろう。
 

日本人は酒を温めて飲んできた

 そもそも燗酒は不味いのか。「いや不味くないよ、意外と美味しいよ」というより、むしろ日本人は古来より酒を温めて飲んできたのである。同じdanchu年3月号には、古来日本人は酒を温めて飲んできたのであり、そのことは安土桃山時代に日本を訪れた宣教師フロイスも記録に残している、と書かれてある。少し前までは燗につけて飲むのが日本酒のスタンダードだったのだ。

 そもそも江戸時代には、いまのような日本酒は存在しなかった。精米技術が未熟だったため、精米歩合はせいぜい70%が限界で、酵母は蔵付きのものに頼るしかなかった。酛づくりだって、速醸酛や山廃は存在しなかった。裏を返せば、精米歩合の高い、蔵付き酵母を使った(=吟醸香を意図してつけることができない)、生酛づくりの日本酒が主流だったということになる。こうした酒はむしろ温めて飲むのに適してると言える。
 
 日本酒に関する本を読んだり、地酒専門の酒屋に足繁く通ったりすると、「ホントは燗酒って美味しんですよー」という情報に接するようになる。そう聞くとやっぱり試してみたくなる。本当に美味しい燗酒を飲むことなく、なにも知らない若い時の経験に引きずられて「やっぱり俺は冷やが1番美味いと思う」なんてことは恥ずかしくて言えない。ということで、常連の酒屋Xで日本酒を購入するのだが…。

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