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肥満論:社会的価値観の反映としてのウエスト
周知のように、動物行動学者のデズモンド・モリスは、他の動物と比べてヒトの雌 (女性)の乳房が大きく発達しているのは、実は乳房がお尻の擬態であるからだという説を提起している。
「臀部の擬態としての乳房。人という種は、雌が半球状の乳房と臀部をもっている唯一の霊長類である。二つの部位の類似性は、乳房を押し上げたり、半球間の割れ目を強調する衣服によってさらに高められる」。デズモンド・モリス『マンウォッチング──人間の行動学』藤田統訳、小学館、240頁。
四足歩行の場合に性的に雄を直接的に惹きつけるのは、お尻(臀部)だが、ヒトが二足歩行をするようになってからは、体の前面にある胸をまるでお尻のように膨らませることによって、雄を性的に惹きつけるようになったというのは慧眼である。確かに谷間ができた豊かな胸と割れ目のあるお尻の形はよく似ている。これを利用したクイズゲームまで売り出されている。
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ヒトの雌はこのような目立つ大きなお尻や乳房を有する体型を自ら形成することによって、雄の性的関心を喚起し性交を促し生殖することで妊娠・出産して子孫を残すことができたというのはなかなか興味深い見解だと思う。
ところで、常に飢餓の不安を抱いていた原始人や古代人にとっては、大きなお尻や乳房と共に何よりも大きく膨らんだお腹の妊婦の体型は豊穰・多産の典型であり、崇拝の対象であり、その具現化された姿がヴィレンドルフのヴィーナスであったという前提で前稿では論を進めた。⇒肥満論:社会的価値観の反映としての体型
ところが西欧近世(1987年から始まるヴィクトリア朝)の時代になって、まるで砂時計のように胸やお尻はかなり大きいものの、ウェストが極端に細い女性の体型が男性にとって魅力的でエロチック?であると感じられるようになった。
乳房の谷間を強調するように大きく胸を開き(あるいは逆に肌の露出を極力避けて)、クジラのヒゲで形造ったフレームでお尻のシルエットが巨大になるようなドレス(クリノリンスカート)を着用すると共に、特に特徴的だったのは、コルセットなどで、できる限り締めつけ究極までウェストを絞った体型の女性たちに近世の男性たちは性的魅力を感じる?ようになったのである。
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もっと詳しく言うと、ヴィクトリア朝の時代においてクリノリンスカートが一世を風靡したのだけれど、その巨大化の後、突然に衰退し、その後にさらに過激にウェストを絞りに絞るコルセットが流行するというモードの変遷が見られた。例えば、戸矢理衣奈『下着の誕生──ヴィクトリア朝の社会史』参照。
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ヴィクトリア朝の女性たちは、スズメバチのように細くくびれたウエストに憧れ続けた。なんと、理想のウエストサイズは18インチ(約45.7cm)とされ結婚までに自分の年齢を超えないサイズを維持して21インチ (約55.3cm) を超えるまでに結婚するのが彼女たちの望みであったのだそうだ。
このウエストを絞りに絞ったスタイルの誕生はコルセットという下着の発明によって成立した、あくまでも人工的な代物であったことを指摘しなければならない。参照:VOGUE JAPAN コルセットの歴史
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それではなぜ、強制的に絞った人工的なウエストが流行したのだろうか?それはウェストが細ければ細い程、くびれていればいる程、乳房やお尻の大きさが強調されるわけで、結局、男性の目が導かれたのは、大きなバストと大きなヒップの方であったのではないか、ということだ。
しかし、あまりにも強くコルセットで腹部を締め付ければ付ける程、母体に影響することは免れない。西欧近代になれば女性人権運動の高まりと共に、女体を縛り付けるコルセットは女性を社会的に拘束する象徴として目の敵にされることになった。
ところがである、一つの解放の結果、さらなる拘束が生まれるという皮肉な結果ももたらした。すなわち──
「一般にファッションの歴史を語る人びとは、コルセットの追放が女性の解放と重なりあうかのように語る。ところがコルセットの追放は、実際のところ女性に別の束縛を強要したにすぎなかった。というのも、コルセットは乳房を下から支え、あのたわわな盛りあがりと谷間をつくりだしていたからである。もしもコルセットをなくせば、乳房は下に垂れさがる。そこでブラジャーが発明されて乳房を吊りあげる一方、今まではコルセットが押しつぶしてくれていた腹部が一気に突きでてくる現象にも、対処しなければならなくなった。新しいパンティーの開発が必要となるのと同時に、腹部の贅肉をとらなければならなくなった。ダイエット、あるいはエステテッィクの発生である。」「これはコルセットと同様に、女体へ新しい不自然を強要した。」(荒俣宏『ファッション画の歴史 肌か衣か』平凡社.196-197頁。)
別稿で、モードとしての体型の3類型を示し、大きな乳房やお尻と共に太鼓腹のような大きなお腹を有するプランパー体型や、乳房もお尻もお腹も大き過ぎず全身がスリムなスレンダー体型に対して、バストやヒップは大きいけれどウエストが引き締まったものをグラマー体型と呼び、そのの体型を最も具現化しているのがマリリン・モンローであることを指摘した。⇒肥満論:モードとしての体型〜グラマーからウルトラスリムへ
このボンキュボンのマリリン・モンローのグラマー体型は、西欧近世のヴィクトリア朝時代の砂時計のようなシルエットを人工的に作り出すファッションとは似て非なるものである。コルセットで締め付けた鋭角的なウエストラインを示す後者と、そのコルセットを外した結果、丸みを帯びた、横から見た場合のS字型のシルエットラインを示す前者の間には、根本的な質的相違がある。
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確かに”マリリン・モンロー”という女優そのものが人工的に造形付けられた存在であったことは彼女自らが自覚していた。16歳の彼女が結婚した時の写真では生まれつきの赤毛であり、マリリンと言えば真っ先に思い浮かぶブロンドヘアーは染められたものであった。
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”モンロー・ウォーク”で有名なヒップを揺すった独特の歩き方も、ハイヒールの片一方を短くカットする工夫をして生み出されたものだった。
マリリンの生涯は決して幸せなものではなく、それだからこそ彼女は伝説となった。
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女性であれば年齢を気にするけれど、
レディであることは選択の問題よ。
世の男達が、コカコーラの瓶のようなボンキュボンの体型に‘グラマー(うっとりさせる美しさ)’を感じ、性的に魅せられるようになったのは何故だろうか?
あくまでも私見だけれど、その理由は、社会が豊かになるにつれて飢餓に対する不安がなくなり、それに伴いセックスの目的も単に生殖のためではなく、あくまでも快楽の追求だけになる傾向が強くなったことが関係している。すなわち生殖の結果の妊娠で膨らんだお腹の対極にあるのが、あの細いウェストなのではないのか?
繰り返すけれど、ウェストが細ければ細い程、くびれていればいる程、乳房やお尻の大きさが強調されるわけだが、そのような‘グラマー’体型の女性は、大きな乳房とお尻で十分にセックス(女性性)をアピールしつつも、ウェストが細いということで「妊娠はしない」と安心させることで、男性の目には、あくまでも快楽追求の対象としての‘セックスシンボル’のように映るのではないか、というのが僕の仮説・愚説?である。
しかし、そのイメージ・思い込み・憶測とは逆に、実際には、ウェストが引き締まっている程、妊娠しやすい。「オランダのある人口受精のクリニックでの調査によると、ヒップに対するウェストの比(Waist-to-Hip Ratio 略してWHR)が0.1増えると、受胎率が30パーセント下がる」「たとえば、ヒップが90センチのままウエストが63センチ(WHR=0.7)から72センチ(WHE=0.8)に増えると、受胎率は30パーセントも落ちる」のだそうだ。
内臓脂肪が圧迫し子宮の機能を低下させるのだろうか?詳しいことは自分には分からない。
とにかく、体のホルモンバランスが整えば、女体は自然と出るところは出て締まる所が締まるふくよかな流線型の体型になり、妊娠にも適した母体になることは確かである。
⇒肥満論:序文
⇒肥満論:サイズアクセプタンスの思想
⇒肥満論:モードとしての体型〜グラマーからウルトラスリムへ
⇒肥満論:社会的価値観の反映としての体型
⇒肥満論:からだに纏(まつ)わるオノマトペ