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あの日隠した流れ星 【だいたい2000字小説】

ジャングルジムのてっぺんで、流れ星をつかまえたことがあった。

あの日は、朝から雨が降っていて、小学生だった僕は、教室で憂鬱な一日を過ごした。
さいわい放課後には晴れたもんだから、数人の友人と公園に寄って遊んでいた。

雨上がりで、公園には幾つもの水溜りがあるというのに、幼かった僕らはそんなこと微塵も気にせずに、キックベースをして遊んだ。
僕が蹴り上げたボールは、鋭角を保ったままどんどん伸びて、守備の向こうまで抜けた。
「なんだよー、ホームランかよー」
後ろでキャッチャーがボヤく。
無我夢中で水溜りを蹴って走った。

ボールが空間を飛んでいく度に、水しぶきと泥が宙に舞う。
友人の白いTシャツに増えるシミをみんなで笑いながら、ジャングルジムで休憩した。

夕焼けのなか抜けていく風を、誰よりも全身に感じたくて、僕は、てっぺん目指してジャングルジムを登っていった。
無事に頂上まで辿り着いて、遠く離れたビル群に隠れていく夕日を見ながら、まだ少し湿った風が汗を冷やしていくのを心地良く感じていた。

少し目を瞑って、深呼吸して。
太腿の上に、ひやりとしたものが乗ったから、思わず目を開けた。

それが、流れ星だった。
なんで流れ星だと解ったのかと言われると、そう感じたから、としか説明しようがないけれど。
とにかく、眩ゆい光を放った、野球ボールくらいの球体が、太腿の上に乗っていた。
それは、コトコト揺れて、その場から逃れようとしているように見えた。
だから、僕は、そっと両手で包んで、ランドセルのなかにしまった。

大人に話してはいけない気がした。
理系リアリストの両親に「流れ星を持ち帰った」なんて、到底理解されないと知っていた。
だから、子供部屋の押入に隠した。

それからしばらくは、毎日、朝晩に押入にこもって流れ星の様子を観察した。
とくに変わった様子もなく、持ち帰った日と同じように、流れ星は光っていた。
あまりに代わり映えしないことに段々と飽きてきて、そのうち、押入の引き戸を開けることすらなくなった。


高校生に上がってからだったと思う。
歳の離れた弟が、珍しく僕より遅く帰ってきた。
心配した母が台所で怒鳴る声が聞こえていたけれど、弟は、何食わぬ顔で子供部屋に入ってきた。
「母さん、心配してるぞ」
そう言う僕の顔を見ずに、うん、と返した弟は、押入の前まで歩いていく。
そして、引き戸を開けると、ランドセルを背負ったまま、するりと押入に入っていった。
まだ小柄な弟は、押入を「秘密基地」と称して出入りしていた。

「え! ここにもあったの!?」
突然、押入のなかの弟が声を上げた。
勢いよく引き戸が開く。
「にいちゃんも、流れ星つかまえの?」
弟に言われて、その存在を思い出した。

遠い記憶にドキドキして、恥ずかしさを堪えながら平静を装って押入に近づく。
「ほら、僕もつかまえたんだ」
弟は、キラッキラした満面の笑みで両手を広げて見せた。

その手には、何も無かった。

「ね、2個あるでしょう?」
弟の言葉に戸惑う。
弟は、確かに、何かを乗せているように掌を少し窪ませて、誇らしげに目を輝かせている。
でも、瞬きを繰り返してみても目を擦ってみても、何も見えてこない。

僕には、見えなくなっていた。

「……ああ、綺麗な流れ星だな」
そう言って、誤魔化すのがやっとだった。
弟は、んへへ、内緒だよ? と笑って、僕を残してまた押入に引っ込んだ。


心の中がざわついた。
何か、買ったばかりの物を失くしたときみたいに、心にぽっかり穴があいたようだった……。



「ただいま〜」
買い物から帰った妻と娘が、陽気な声をあげながら、リビングに入ってくる。

「おかえり」
そう声かける僕に振り向きもせず、娘は、テレビ横に設えたおままごとのキッチンに駆けていった。
一緒に持ち出していたお気に入りの猫型ポシェットから、何やら取り出して、キッチンのなかに片付けようとしている。
「なに買ってきたの?」
娘の背中に尋ねると、振り向いて、
「えへへ。つかまえたの」
と、ぷくぷく膨れている頬をますますまあるくさせて、ホクホク笑っている。
「なにつかまえた?」
「おしえないよ〜」
僕の言葉を軽くあしらって、終いにはふふふんと鼻歌を歌いながら体を揺すっていた。
外出で少しほつれたふたつのおさげと、ベージュのワンピースの裾が、娘の動きに合わせて交互に揺れている。

「もしかして……流れ星?」
小声でそう尋ねると、娘は、目を見開いて、
「……ママにはナイショだよ?」
と、台所で食材を冷蔵庫に片付けている妻の背中に目をやりながら、人差し指を口の前に持ってきて小声で言う。

随分大人びた表情をするようになったことが可笑しくて、100センチに満たないところにある娘の頭を撫でるためにダイニングテーブルの椅子から離れた。

きっと、娘の持ち帰った流れ星も、弟のそれと同じように、もう僕には見えないだろう。
それでも構わなかった。


「おお! すごいの見つけたね」
ささやきながら、娘を撫でると、少し照れたような顔でこちらを見上げてくる。
その黒い瞳の中に、光るものが見えた気がした。


その流れ星は、僕らだけの秘密。
誰にも内緒だ。

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甘川楓(あまかわかえで)
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