存在しない小説の書き出しとタイトルを考える

架空小説の書き出しとタイトルを考えます。
これ楽しいです。
※ラランドのYouTubeを参考



「私、あと半年で死ぬの」
とっくに冷えきったししゃもの腹を箸でつつきながら、祥子はつまらなそうに頬杖をついた。
「なんて言うか、その、そういう冗談は不謹慎だと思うけど」一瞬咀嚼をとめた後、僕はそう言うとおどけた様に眉を上げてみせ、またすぐにつけっぱなしのバラエティーに目をやった。画面の中ではカラフルな服を着た芸人が、お決まりの一発ギャグで周囲の笑いを誘っていた。
祥子は僕の言葉を予想していたように「そうね」と小さく微笑んだきり、二度とその話題を持ち出すことは無かった。
結婚生活5年目、今更どれだけ望もうともう戻れない、例年より蒸し暑い初夏の事だった。

『約束をさせて』より


目を閉じる。深く呼吸をする度に、私の身体からこの世界がゆっくりと、だが確実に遠のいていく気がする。太陽の眩しさが閉じた瞼をつらぬいて瞳に伝わる。クラスメイトのはしゃぎ声は眠りかけの夢のように曖昧で、水面が緩く波打つタイミングに合わせてぼわんと境界線が滲む音がした。と同時にチャイムが鳴り、現実に引き戻される。
水を含み重くなった身体をざぶんとプールサイドに引き上げながら、葉子が訝しげに私の顔を覗き込んだ。「なぁ未佳ちゃん、なんでいっつも遊ばんと浮いてるだけなん?せっかくの自由時間やのに」
「なんでアカンの」ゴーグルを外しながら聞き飽きた質問にうんざりする。葉子はいつもこうだ。
「アカンなんて言ってへんけど、あ、ほらはよ戻らんと。次谷田の授業や」

『青と息継ぎ』より


兄は俺のヒーローだった。
ガキの頃、夏休みに何日もかけて書いた朝顔の絵を担任教師に破られたときも、祖母にねだって買ってもらったキャラクターの筆箱が使われていない教室のゴミ箱から見つかったときも、酒に酔った親父が手当り次第目に付いたものを壁に投げつけたときも、そばに居てくれたのはいつも兄だった。
「う~う~うっ...」
ロープできつく縛った麻袋から微かに漏れたうめき声は、みぞおちの当たりを軽く蹴ってやると直ぐに止んだ。腕時計に目をやる。タイムリミットまで残り2時間をきっていた。
「兄ちゃん、言っただろ...。もう決まった事だから」
あの頃、確かに兄は俺のヒーロー「だった」。

『カラザ』より


「ずいぶんと昔ね、君達が生まれる何十年も前、いや、君達のお母さんやお父さんでさえ生まれる前だ、この町は全て水の下に沈んでいたんだよ」
蝉の声が何重にもうるさく響く公園で、それでもおじさんの声は澄んで聞こえた。いちばん近くの子から要らないプリントと鉛筆を借りると、おじさんは慣れた手つきでこの町の縮図を書いて僕たちにそう説明した。
みんな最初こそ物珍しさに惹かれたものの、この町の言葉を喋らないおじさんの事を殆どの子は信じなかったし、人づてに噂を聞いた大人達は「あいつはよそ者の嘘つきや」と陰で罵った。
それでも僕は、おじさんの言うことは正しいと思った。この町はかつて水に沈んでいた。何故かそれを聞いた時「確かにそうに違いない」と思ったのだ。

『陸に泳ぐ魚の夢』より


ごうごうと音を立てて揺らめく炎に照らされた母は、笑っていた。
誰よりも真面目で几帳面な人だった。庭に植えられた花壇はいつも綺麗に掃除がされていたし、私のお気に入りのワンピースは、母が生地から裁縫してくれたものだった。今はそのどれもが火の海にのみこまれ、風に合わせてパチパチと火の粉がはじける。それ以外はあまりにも静かな夜だった。
そのうちお隣のおばさんが飛び出してくると、何かを叫びながら母の肩を強く揺らした。不安になって母の顔を見上げたが、母は私の小さな手をしっかりと握りながらも、壊れゆく我が家から目をそらさなかった。その瞬間、そうか、もうこれでいいのだ、と思った。
母とつくった玄関先の小さな雪だるまが溶けて滲み、泣いているように見える。
私はそれを、ただ眺めていた。

『きっと可哀想な人』より



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