贋作
一番古い記憶はそうだな
手を引かれながら歩いていく
長い長い田んぼの畦道
暑かったような気もするし
寒かったような気もする
朧げな記憶の中で
はっきり覚えてるのはひとつだけ
空が突き抜けるくらい青かった
「たぶんギリギリになると思う」
あんなに余裕をもって家を出たというのに
ほんの十数分遅れで苛立つ自分にため息が出る
この日はマフラーが要らないほど暖かくて
東京の空も宇宙まで届きそうなほど高い
なかなか進まない私鉄に揺られながら
写真のライブラリをスクロールしていると
時間の感覚が歪むのを感じた
例えば自分に残る記憶や風景を
繋ぎ合わせて一枚の絵にしたとして
私の人生のグラデーションは
何色が1番濃くなるんだろう
モノトーンなら味気なくて
ニュートラルなら平凡で
鮮やかならば波瀾万丈?
けど美しい記憶だからといって
それが好きな色とも限らないし
明るい色とも鮮やかとも限らない
そもそも色が表す感情や連想は
人間が勝手に与えた解釈じゃないか
そんなどうでもいいことを考えていたら
最後に贈る言葉も格好つかなくて
末席を汚すばかりの自分に呆れる
誰か愛でてくれる人はいるのだろうか
アートにもゴミにもならないその贋作を
「けっきょく紙の写真が一番だよね」
そう笑い合いながら見る思い出たちは
データより鮮明に当時を思い出させる反面
人の記憶がいかに曖昧かを実感させる
セピアがかった写真の中に
見たことのある風景を見つけた
田んぼと山以外に何もない道に
呆れるほど青い空
画角や構図は微妙に異なるけれど
どれも同じ場所だ
なんで何枚もあるんだろう
古い記憶が蘇る
何もない田舎道を歩く2人
想像する 大人になった今
彼女の人生を
彼女にとっての故郷を
それはきっと美しいだけじゃない記憶
逃げても断ち切れない血と縁は
留まりたくて 弾き出されて また帰る
恨んで 憂いで 懐かしんでは 愛でる場所
そこは私が幼少の頃に一度だけ
一緒に訪れた彼女の故郷だった
たまたま同じ風景を切り抜いていたのかもしれない
そう気づいたら顔を上げられなくなってしまった
何を思いながらこの景色を見ていたのだろう
私の手を引いて 歩いた田んぼの畦道
嬉しかったっけ 退屈だったっけ
寒かったっけ 暑かったっけ
思い出せない けどひとつだけ おぼえてる
フレームがかかる東京の空を見上げた
「空が、青いな」
怒りでも悲しみでもいい
美しくなくてもいい
その壮大なモザイク画の片隅に
あの日一緒に手を繋いで見た
空の色がありますように