宇宙船六畳一間カプセル号に想いを馳せて
今から約50年前に「それ」は生まれた。
高度経済成長、バブル崩壊を経て、働き方やライフスタイルの変化をコロナ禍がさらに後押しする2022年現在。
今こそ求められるコンセプト、デザイン性、その実用性に、やっと時代が追いついたようにも思える。
しかしそんなタイミングで「それ」の取り壊しが決まるという数奇な運命は、一体なにを意味するのだろう。
内部見学会に行った際に購入したパンフレット(復刻版)を手に取り開く。
「それ」ー。
宇宙船六畳一間カプセル号に想いを馳せるー。
宇宙船六畳一間カプセル号。
別名(という名の正式名称)『中銀カプセルタワービル』の取り壊しが決まった。。。(2022.8月現在、解体作業中)
去年、内部見学会に参加しその体験記を音声で残したばかりで、複雑な気持ちを隠せない。
パンフレットにある、50年前の当時の黒川紀章の対談文をあらためて読むと、あまりの未来予知ぶりに言葉を失う。
、、、いやいや、未来予知やないか!!!
言葉を失うどころか、一人大声でニセ関西弁で突っ込んでしまった。
すごい。すごすぎる。
この文章を書かれたのは、物質至上主義であった高度経済成長期真っ只中。
家、車、家具、家電など、かつてはそれらを保有することが富の象徴であった時代。
それが現在。
ミニマリスト、ノマドワーカーの出現、リモートワークの普及、コワーキングスペースの増加。
あらゆるものがサブスク化され、物よりサービスや体験に価値を見いだす時代になった。
全て想定して、現在その通りになっている。
まさに今こそ求められる実用性とデザイン性ー。
もし存続できたなら。改修され実用化されたなら。
どれだけのニーズと価値のある建物であっただろう。
こういった歴史的建造物が失われることは、この国が経済的にも精神的にも貧しく、カルチャーを超えた、大切な何かを失うことのようにも思えてならない。
分解されたカプセル細胞たちは、私たちは、どこへ行くのかー。
22世紀を見据えた黒川紀章は何を思うのだろう。
「建築家という生き方」2001年/日経BP社刊より
こんな言葉を残している。
「(前略)マイナーな世界のなかに、次の時代のヒントになるようなことが隠されていると思うのです。」
次の歴史を作るムーブメントはもうすでに、始まっているのだ。
それは多くの人の目に触れぬところで。
「それ」は50年も先を見据えて。
※音声にて内部見学会へ行ってきたときの感想を話しています。
◆地下駐車場をロケ地にしたPV
Flamingo/米津玄師
◆見学してきた内部と地下の写真
◆中銀カプセルタワービルの外観写真
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