コンカフェ失格


はじめに


童貞が慌ただしく大人の階段を駆けて行く足音がした時、ケツアナゴの頭の中には、大きな与太話が空から、ぶら下っていた。けれども、与太話は、足音の遠退くに従って、すうと頭から抜け出して消えてしまった。そうして眼が覚めた。

枕元を見ると、GoogleのPixelがベッドの上に落ちている。ケツアナゴは昨夕寝床の中で慥かにこのPixelでnoteのスキの通知の音を聞いた。彼の耳には、それがシャトルを頭上から叩きつけた程に響いた。夜が更けて、四隣が静かな所為かとも思ったが、念のため、右の手を心臓の上に載せて、肋のはずれに正しく中る血の音を確かめながら眠に就いた。

…まあつまりなんというか、童貞を卒業するまでの記録を書き留めていたら思いのほか筆が…もとい、キーボードがノッてすっかり味を占めたので、気が向いた時に雑然としたものを適当に書こうというのが主旨である。

これは、俺がコンカフェ童貞を卒業した時の話。

餓狼に食品サンプルを渡すが如く

「コンカフェ」という言葉を聞いたことはあるか?

「コンカフェ」…つまり、「コンセプトカフェ」は、「特定のテーマを取り入れて前面に押し出すことで、他のカフェとの差別化が図られたカフェ」のことである。まあメイドカフェの亜種というか…メイドカフェ自体がコンカフェの一種みたいなもんだな。

時系列的には、上述の記録の㉓と㉕の間になる。あの時記事にしなかったのは、それが本質とあまり関係がないことだったからだ。

既にヘルスもソープも体験してきた俺だったが、”そういう類の店”には一度も足を運んだことが無かった。

理由は至極単純である。

──今さら触れもしない女体に金使ってどうすんのよ?

当時童貞であった俺は、当然女性にも女体にも飢えていた。故にマッチングアプリに耽っていたし、風俗にも行っていた。

金を払って女の子とお話できる世界よりも先に、金を払えば性的なサービスを受けられる世界に踏み入ってしまったせいで、俺の中では完全に風俗>それ以外という図式が成り立ってしまっていたのである。

もちろん、それで困ることなどないし、そんなリソースがあるのならメンズ用のネイルサロンやフェイシャルエステなどに行ってみた方がはるかに有意義であると俺は思っていた。

そう。

愛情にも性欲にも飢えていた当時の俺が、乳も触れなければキスもできず、ましてや抜いてもらうことさえできない女の子に金を払うということは、餓狼に食品サンプルを渡すが如く、残酷な生殺しに他ならなかったのだ。

…そんな俺がなぜコンカフェに赴いたのかというと、SNS上の友人に連れて行かれたからである。

素面よりも冷たい面の皮の下で

その友人のことは、オソマ(24)と呼ばせてもらう。オソマとはアイヌ語で…まあ…つまり…そういう性癖がある(絶句)。

前の連載でもほんの少しだけ言及したが、彼は地元や大学近辺でTinderを用いて無双していた。夜職の女と生ハメ三昧したり(振られた)、人妻を頂いたり、とにかく手あたり次第に食い散らかしていた。彼女がいたのにね。

とはいえ、それはあくまで学生時代の話だ。上京して大手企業に就職した今、彼は学生ブーストを失い東京という巨大な戦場へ上がり自ら競合を無限に増やした結果、すっかり干上がっているらしい。

まあ何はともあれ、たまたま予定が合ったので彼の就職祝いも兼ねて飲みをすることにした。そして、ほどほどに飲んで酔ってきた頃。

俺「二軒目行くか?」

オソマ「だったら、この前行ったコンカフェがあるんだけど、そこでもいい?」

上述の通り、俺はあんな状態だったので、そういう店に一人で行く気にはとてもならなかった。実際、今でもそうだ。

だが、興味が無いといえば嘘になる。俺は思った。一人なら虚無になるだろうが、友人となら楽しめるかもしれない。ソープと同じようにな(ゲス顔)

俺「いいけど、コンカフェはさすがに割り勘で頼むよ」

オ「アザス!じゃあここはご馳走になります!」

……

………

繁華街。

の割には少し人気が少ないような場所に、そのコンカフェはあった。

コスプレイヤーがオーナーをやっているコンカフェで、キャストは全て「人形(ドール)」という設定らしく、推しの衣装を選ぶことも可能らしい。確かにローゼンメイデンのような雰囲気があるな。(例えがおっさん)

店に入るなり、キャストの女の子が俺達二人を案内した。

内装は落ち着いたバーカウンターといった風体だが、それに反して店内は非常に騒…賑やかだった。

周囲を見渡す。

俺たちが一番若そうだ。

オジサン・コンテンツのアイドル声優オタクをやっていた頃を思い出す。他の客はその頃ライブに行ったら周りにいたようなオジサンと似ていた。オブラートを外すと、明らかなキモオタクおぢばかりだった。妙にオタクオタクしているが、ここはアキバではない。時代は変わったのか。むしろ俺たちが浮いている部類であった。

キャストが申し訳なさそうな顔をした。どうやら女の子の数が足りていないらしい。忙しなく付いたり離れたりを繰り返すことになりそうだ。

少しモヤッとしたが、まあ、いいだろう。可愛い子が付いてくれれば…。

──…。

──……。

──………。

──うーん…。

乳だけではないか。しかもめっちゃ寄せてるし…。そもそも、今さら触れない乳に何の価値があるというのか。

俺は完全な営業モードに入って女の子と敬語で話す。対して、オソマは妙にスカした態度で女の子とタメ口で話していた。お前女落とす時毎回そうやってんのか?

女の子は数が足りないので、すぐ付いてはどこかへ去っていく。回転率が高いからさして踏み込んだ話もできず、中身を評価するよりも前に女の子がいなくなってしまうので、外見でしか判別が効かないが、その外見も(ブスとは言わないが)オマエそのナリで金取ろうってのはどういう了見だ?という感じであった。

そのクセしっかり酒だけは飲んでいきやがるので、俺のモヤモヤは膨らんでいくばかりであった。

……

………

しばらくして、ゴシック系の女の子がやってきた。源氏名を名乗られた気がするが、これだけ騒がしいのとハナから覚える気がないのとで、何も耳に入ってこなかった。

いや、もっと大きな理由がある。

オソマ「え」

俺「可愛いですね~」

素面ではないのに、素面より冷たい面の皮の下で、俺は驚愕した。

──…。

──……。

──………。

──エグスギィ!!リスカ痕がエグすぎるッピ!!

やだ怖い…やめてください…アイアンマン!!

生のリスカ痕というものをあの時初めて見た。メンヘラ女子に憧れた時期もあったが、既にマッチングアプリでメンヘラブスに粘着された経験があった俺は、そんなものはもはや恐怖の対象でしかなかった。

いや、リスカする人にはその人なりの悩みや苦しみがあるんだろうし、こんな風にただ恐怖するだけの俺はリスカするに至らなかった幸福を噛みしめればいいという話な気もするが…。

それにしたって長袖の衣装を着てくださいよ。クッソ目立つのにどうしてむしろ見せつけてるんですか?そういうコンセプトなんですか?リストカットがコンセプトのカフェなんですか?勘弁してくださいよ。

とはいえ、回転率が激高なので、恐怖の時間はすぐに去っていった。

……

………

最後の方だった。明らかに感じの違う女性がやってきた。

衣装もクソもない雰囲気で、しかしニコニコ笑って近づいてきた。

どうやらこのコンカフェのオーナーらしい。つまり、コスプレイヤーである。その日は大きなコスプレイベントがあったとかで、その帰りだから衣装を着ていなかったんだとか。

ぶっちゃけ死ぬほどどうでもいい。

そのイベントは俺も知っていたので、話を繋げるために食いついたのだが、さらに乗っかられてきてしまい、オーナーさんにコスプレイヤーとしてのSNSアカウントを宣伝された。微妙なフォロワー数だった。

素面より冷たい面の皮の下で、俺はオーナーさんを褒めた。

俺「今も可愛いっすけどコスプレも可愛いっすね~(女性だらけの職場に適応しすぎて可愛い以外の形容詞を失ったおじさん)」

オーナーさん「だったら、是非フォローお願いしますよ!」

ぶっちゃけ死ぬほどどうでもいい。

ただ、だからといってその場でスマホをしまうのも不自然なので、鍵の付いたアカウントでオーナーさんをフォローし、「フォロー済」と表示された画面を見せた後、満足して去っていったオーナーさんを尻目に、俺は無言でフォローを解除した。

オソマ「ケツさん(筆者)やりますね」

俺「たりめえだろ」

宣伝するだけして、しかも酒はちゃんと飲んで帰っていきやがってよ。

……

………

結局、オソマ自身も今回の接客にはそこまで納得がいっていなかったのか、俺を連れてきたことに負い目があったらしく、多めに出してもらうことになった。別にオソマが悪いわけではないので、また機会があれば別のお店でリベンジしたい気持ちが…ないでもない…。

コンカフェの「コンセプト」とは非常に広範なもので、何かしらの指向性・嗜好性があればそれはコンカフェと定義されるようだ。

もし行くとしたら、どんなコンセプトがいいだろうか?

うーん、エッチなサービスをコンセプトにしてくんねえかな。

いやそれはもはや風俗だろというツッコミは無しにしてもらいたい。

そんなこんなで、俺がコンカフェ童貞を卒業した時の話はこれでオシマイ。


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