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ラッキーガールシンドローム

自分の血をみると、運気がどんどん体の外に出ていってる気がする。
スピリチュアルとかそんなんじゃなくて、ガチで。

包丁で指を切ってしまい、サラサラ流れ出る血を見ながら自分の運もいよいよこれで尽きるなと思った。


思えば運の良かった人生な気もする。
運がいいねといわれたら、は? これは運なんかじゃねぇ努力の賜物だよと思うけれど、自分の謙虚な魂が運のおかげですとささやくこともある。
社会人になってからは、特にラッキーだと言って良かった。入った会社はいいところだったし、入れてもらったチームもよかった。悩みも深刻なものはなく、しあわせなのがスタンダードともいえた。

親指から運気がどんどん流れ、それは1時間止まらなかった。
血を見ているのはきれいでおもしろかったが、どう考えても痛かった。
これは縫ったりするものだろうか、さすがにちょっとまずいのかなと思ったが、一人暮らしというものは自分以外に判断をあおげる人がいない生活のことをいう。
結局私は歩いて隣人の家まで助けを求めに行った。
一人でいた時は薄ら笑いさえしていた私が、人の顔をみるとわんわん泣いた。
痛かったからではない、自分が情けなくなったのだ。
突然泣きながら指から血を流す私を見て、その人は目を丸くしていた。
「指、落としたん?」と言われたので、私は「落ちてない」と言った。

その人はポーチから手早くナプキンを出すと私の指に巻いて、親指の血を止めるならここを抑えるの、と私の手を取った。
白くてひんやりしたきれいな手だった。ナプキンでごめんね、とその人は言ったが、私はナプキンのポテンシャルの高さに驚いていた。なんで私はタオルで血を受け止めていたんだろう、血ならナプキンだろう、うちにだっていくらでもナプキンはあるのに。
「大丈夫、泣かないで」
とその人は言いながら、救急セットからガーゼとテーピングを出して手早く私の手に巻いてくれた。

病院に着く車の中でも私はわんわん泣いた。もうふつうに血は止まっていて、もはや総合したら血より涙のほうがでた量が多いという説まであった。
その人は自分の配偶者も昔包丁で指を切って病院に連れてったことがあると話した。
泣いてた? と聞くと、泣いてたよ、といって安心した。

止血の方法がよかったのか大したことはなかった。
大げさに泣いたことを私は心から恥じたが、その人は「よかったね」と静かに笑って何も言わなかった。
それどころか、ご飯はまだ? その手じゃ何も作れないでしょう、といってご飯にまで連れて行ってくれた。
適当に好きなの頼むよ、とその人は言って、ここの店はうずらの卵とポテトサラダが美味しいよ、と教えてくれた。お刺身の盛り合わせと、鯨の竜田揚げと、鶏皮ポン酢も食べた。他に何か食べたいのあるかと聞かれたので「フライドポテトと明太子チーズピザ」と答えた。

帰る頃には指を切ったことを忘れていて、なんでこの人とご飯来たんだっけとまで思っていた。
帰り際に「指痛い? 明日からまたがんばれる?」といわれて、「いける」と言った。
明日も明後日も、その先もずっとがんばれると心では言った。

帰って布団の上で好きな人に包丁で指を切ったけど大丈夫、とラインして寝たら朝電話がかかってきて、びっくりした。

運はたしかに流れていったのに、怒涛の勢いでいいことが駆け込んできて、運は補充された。驚いた。

ラッキーなのだ。
私は。ラッキーなのだと思う。

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高山唯
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