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個人クリエイターにも通じる、弱者の生存戦略『宣伝は差異が全て』

「宣伝は差異が全て」。

本書が伝えたいメッセージを一言に濃縮すれば、それ以上でもそれ以下でもない。なんとも単純明快で、あまりにもド直球。「本当にそうなの?」と首を傾げる人もいるかもしれないし、「何を今更」と怪訝に思う人もいるかもしれない。

しかし、2025年のインターネットには、このようなメッセージが必要だ。

決して少なくない人が、なんとなくインプレッション稼ぎに勤しみ、不確かなアルゴリズムに沿ってコンテンツを制作し、怪しげなノウハウを発信する“つるはし屋”の情報をありがたく享受している昨今。

数字至上主義のSNS時代が行くところまで行き着いてしまった、令和のインターネット。そんな今だからこそ、このような本が求められているように思う。


個人クリエイターにも通じる、弱者の生存戦略

この本の目的は読者の皆さんにマーケティングの力を使ってそれぞれの人生をより良くしてもらうことです。

栁瀬一樹 『宣伝は差異が全て 邪神ちゃんドロップキックからマーケティングを学ぶ』P.11より

このような文章から始まる本書は、ジャンルとしては「マーケティング本」に分類される。が、王道のマーケティング論ではない。冒頭でも「体系的に学ぶには不向き」と明言されているし、本書のテーマである『邪神ちゃんドロップキック』にしても、アニメ業界の枠を超えて誰もが知るレベルで大成功を収めたタイトル、というわけでもないからだ。

でもだからこそ本書は、幅広い層におすすめできる。

なぜならこの本には、決して超有名というわけではないコンテンツが、年単位で繰り返してきたトライアンドエラーが記録されているからだ。当然、失敗もあるし、話題になった割には数字が伴わなかった施策もある。輝かしい成功体験ばかりではなく、正直なところ、大多数の人にとっては参考にならない話も多いかもしれない。

だがそれゆえに、本書が紐解く「マーケティング」には血が通っている。

本書で紹介されているのは、ネット上で流布しているような怪しいノウハウではなく、地に足のついた、実際に行われた実例の数々だ。成功も失敗も、バズも炎上も、余すことなくまとめられている。とにかく試行回数が多いため、直接参考にはならないにしても、学べることは非常に多い。

何より、「宣伝費も広告費もないから、他がやらないことをやって、ソーシャルメディアでぶん殴るしかねえ!(意訳)」という邪神ちゃんマーケティングは、個人で活動するクリエイターの生存戦略とも通じる部分がある。

最初から数字を持っているクリエイターなんてそうそういないし、いち個人が企業のような資本力やブランド力を持っているはずもない。徹頭徹尾「弱者」の目線でマーケティングを紐解いた本書は、書店のビジネス書コーナーで見られる企業の成功事例集などよりも、よっぽど参考になるはずだ。

「数字」の先にいるファンの存在を見据えて

では、弱者のためのメソッドである「邪神ちゃんマーケティング」とは、いったいどのようなものなのか。本書ではランチェスター戦略の話なども登場するが、ざっくり要点をまとめると、以下の説明に集約される。

ソーシャルメディア・マーケティングを基本戦略とし、それを賑わせるために二次創作やリアルイベントを活用して生き残る

P.43より

実際、この本で紹介されている主な施策は、「Twitter」「YouTube」「二次創作」「リアルイベント」の4つに分類できる。

これらの施策だけでも48もの見出しが設けられており、気になる部分を掻い摘んで読むだけでもおもしろい。ほかにも「フリーミアム」「クラウドファンディング」「ふるさと納税」といったビジネスモデルについての言及もあり、とにかく多彩な事例を知ることができるのも本書の魅力だ。

個々の事例については紙面で確認してもらうとして、ここではTwitter運用の考え方の話を紹介したい。というのも、この本の筆者(アニメ『邪神ちゃん』のプロデューサー)が『邪神ちゃん』のTwitter運用にあたって最初に掲げた目標は、「ファンの皆さんに楽しんでもらうこと」だったそうだ。

もし単純にフォロワー数を増やすのであれば、懸賞や広告といった手段もある。しかし、そうやって獲得したフォロワーがファンになってくれる可能性は低く、「その後」には繋がらない。また、一方的に情報を発信するだけでは、せっかくフォローしてくれている人に楽しんでもらえない。

だからこそTwitterでは、「どのような人にフォローしてもらうか」「フォロワーに向けて何を発信するか」が重要だと、筆者は説いている。

Twitterに限らず、SNS運用において「ターゲット」と「コンセプト」の策定は不可欠だ。どのような顧客の、どのようなニーズに対して、どのようなコンテンツを、どのように提供していくか。具体的な施策を考えるのは、ターゲットとコンセプトを明確にした次のステップだ。

それに、ターゲットとコンセプトが明確になれば、その先にいるファンの顔が見えてくる。ファンが何をすれば喜ぶのかがわかる。自分たちのするべきことがわかる。だからこそ、邪神ちゃんマーケティングでは数字を数字としてしか見ないのではなく、その「数」が意味するもの、その先にいるファンの存在をしっかりと見据えている。

――いや、“見据える”どころか、手を取って引きずり込むことすらある。製作委員会のミーティングを支援者に向けて配信したり、違法アップローダーを味方につけたり、公式主催の同人誌即売会を開催したり、ファンを登用したり。ファンを「ATM」呼ばわりする公式が、その実、ほかのどの作品よりもファンに寄り添い続けている。それが、邪神ちゃんだ。

基本の上に、差異を生み出す

ここまで書いていてふと思ったのだけれど、SNS運用におけるターゲット&コンセプトの策定やランチェスター戦略についての話は、何も珍しいものではない。それどころか「基本中の基本」とも言えそうな考え方であり、本来は“差異”を生み出すようなものではないはずなのだ。

つまり、一見すると尖ったことをやっているようにも映る邪神ちゃんマーケティングも、このような「基本」の上に成り立っている。そう言い換えることもできる。冒頭では「体系的に学ぶには不向き」と断りつつも、大前提となる地盤の部分についてはしっかりと解説してくれているわけだ。

実際、昨今は短絡的にバズを狙うあまり、このような基本が疎かになっているアカウントも少なくない。せっかく魅力的な個性を持っているのに、その“差異”を損なうような、テンプレート的なSNS運用をしてしまっている。そんな人にこそ、本書の存在が伝わって、読んでもらえたらいいなと思う。

と同時に、「基本はできているが、“差異”の生み出し方がわからない」という人にも、もちろん本書をおすすめしたい。「そこまでやるか!?」という施策の数々が刺激的に感じられるだろうし、すでに基本を知っている分、本書の内容が短絡的なバズ狙いとは限らないことが伝わるはずだ。

ここでご紹介したアニメビジネスの現状は多くの方にとって役に立ちませんが、自分が置かれた環境を無批判に受け入れるのではなく、疑問を持って構造を把握しようとすることが大切だということは強者・弱者を問わずどなたにも言えることだと思います。その上で、もしあなたが弱者であるならば、邪神ちゃんマーケティングの考え方を皆さんが直面している様々な課題に応用していくことができるでしょう。

P.227より

「2024年のおすすめ本はこれ!」と、周囲でも推す声が多かった1冊。自分が信頼するクリエイターやプロデューサー、業界関係者が揃っておすすめしていたので、間違いないとは思っていました……が、実際、間違いありませんでした。マジで。邪神ちゃんマーケティングはいいぞ。


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けいろー🖋フリーライター
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