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螺旋じかけの海感想

螺旋じかけの海 作 永田礼路

内容の核心に触れますのでご注意を。
また、個人の感想ですので、異なる解釈があると思います、内容に齟齬があるようなものはご指摘いただければ幸いです。

では本題へ。

動植物爬虫類に至るまで人体から突如発現してしまうことがある世界で、懸命に治療を行う主人公。発現した部位がある一定のレベルを超えると即捕らえられてしまうことや、そういった方を匿うことも取締の対象なので、彼は命がけの仕事をしている。

どこからどこまでが人間と言えるのだろうか、少数派であることがそんなに悪いことなのか、登場人物は各々の言葉で語る。

身体は老化という形で日々進行しており、杖や車椅子などの補助具に頼る人も多くいるし、若年層でも何らかの要因でそれらとともに生きている。精神的な病であれば毎日の服薬は必須で、それでもいわゆる普通の社会人をやれないこともある。

私が一番印象的だったのがワニになった人の話だ。少しずつ人間だった記憶が薄らいでいって、友達である小鳥すら口にしようとして自らに戸惑いが生まれていく。主人公と完全に人間としての理性を失ったら命を終わらせてほしいと約束していた彼は、いつの間にか子どもまで手にかけてしまい混乱する。それに気づいた彼は悲しんだ、苦しんだ、絶望もした。そして主人公のパートナーが理性の願いを叶える、そんなシーンで終わる。
これはまるで認知症のようだと感じた。心身の自由が利かなくなり、記憶の混濁で感情を律することができなくなる。我々も自分を操縦できなくなるようになる可能性は大いにある、その時は介護を受けるほかない。人間とは刻一刻と不自由への道を進むだけの生き物なのだ、それを表立って誰が異常だのと言うだろう。

物語の最後は螺旋じかけの海のタイトル回収がされた。DNAという螺旋が命令して海のような細胞が生まれ、体を更新してゆく。海の生きものにとって死ぬということは、時間をかけて次の命へと引き継ぐための未来なのだ。海底に沈み、捕食され、骨になり、髄までついばまれて、枠だけになった体へと降り注ぐ命の白雪がさらなる輪廻を生む。

普通と呼ばれる多数派がある日虐げられる少数派となる暗闇が、主人公によって明るくなるのは読んでいてとても気持ちが良い。現実でも起こり得るこの転換をすんなり受け入れられるかどうかは、普段から変化を楽しむこと、愛すること、理解することだと思った。できることに目を向けて、失ったことを糧にして、とにかく生きるのだという強い意志に貫かれた素敵な作品だった。


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