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衣笠貞之助 狂つた一頁 1926

窓外の激しい雷雨、雨中を走る車、奔流する水、レインコートの男の足、さらにフラッシュが加速してほぼ秒単位でのイメージの嵐、多重露光で回転する巨大な球体が浮かび上がり、華麗な衣装をまとったダンサーが美しく舞う、前面に牢屋の格子が現れ、場面転換して現実の精神病棟の格子の向こうで影が舞い、ついに本物の狂人が激しく舞い、壁には破いた思い出の写真、踊り疲れて倒れ込む。

この冒頭だけで、もうお腹いっぱいである。衣笠貞之助はドイツ表現主義サイレントやフランス印象主義サイレントの影響でこれを撮ったのだというが、これだけのものが本場でも果たして存在するのだろうか。

イメージにはやはり日本的な独自なものが多い。ラスト近くの、狂人たちに能面をかぶせてしまうイメージの鮮烈さ。井上正夫本人もかぶり、ダンサーの女も能面で踊る。
井上正夫の娘が白無垢姿で精神病院内に幻想として浮かび上がる不思議なイメージ。
途中で井上正夫が福引きで一等賞の箪笥を当てるあたりの日常的なイメージもなぜか妙に印象に残る。

患者たちと、医師看護婦たちが廊下で押し合いへし合いする表現主義的ショット、その廊下の向こうの通路を人が行き来する構図も見事。

当時で可能なフラッシュ、フラッシュバック、オーバーラップ、クローズアップ、多重露光などの様々な撮影技術を駆除しているが、それよりも日本でしかありえないオリジナルなイメージの連続、奔流にこの映画の一番の価値があるのだろう。

井上正夫が見せる様々な表情が素晴らしく大変な名優である。
南栄子は、前衛舞踏家として活躍したそうだが、踊りが本当に見事だし、その肉体イメージも顔も美しい。踊りは早回し処理しているところも多いが。

説明の字幕は、ムルナウの「最後の人」のように一切ない。公開時には活動弁士が説明を加えたという。だが、この前衛的全開のフィルムに当時の弁士はそぐわなかっただろう。
ストーリーがよく分からなくても、映像イメージを追っているだけで十分である。今はウェブに詳細な説明もあるので、それを読めば十分だろう。
このフィルムは映像だけで完全に独立完結しているので、むしろ言葉の説明や、場合によっては音楽さえも邪魔になりかねない。
この映画のストーリーは、ある意味前衛性などない普通の物語なので、むしろそういうのを無視してイメージだけ追うのがよいのではないか。

ロックバンドの頭脳警察が、このフィルムを題材に曲を作り、映画を流しながらコンサートをしたこともあるという。過激なロックがいかにも似合いそうだ。

私が観たのは、1秒18コマのオリジナルで79分程度の長さ、それとは別に1秒24コマで編集した59分程度のものも存在するという。これの速度をさらに早めたら強烈な効果がありそうなので、機会があれば観てみよう。
さらに、ブルーに染色されているオリジナルも存在するそうである。


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