田中、名字やめるってよ
女性用風俗の仕事をしていると、意外とお客さんの前で"フルネーム"を求められることがあることを知った。
新宿でアフターヌーンティーの予約の電話をいれたら、「フルネームでお願いします。フルネームじゃないと予約を承れないんです」と言われた。
えっ!そうなんだと咄嗟に出た名前が「田中」だった。
「たっ、田中です。田中ツバキです」
それからしばらく田中を名乗り出したのだが、同業のお客さんにこんなことを言われた。
「予約名で一番多いのが田中」
「田中は糞客率が高い」
「ホテル先入りして全裸待機してるで」
と言われて、はっとした。
自分も糞客の片棒を担いでしまったこと以上に、咄嗟に出た一言がなんて一般的かつ平均的な回答だったんだぁと、自分で自分の感性に、あぁ、と思う。傷つく。
それから、お客さんと行ったマッサージ屋さんで「田中つばき」と書いたのだが、カルテの名字と名前のミスマッチ加減たるや。
田中 つばき
音で聞くよりも文字で見るとあまりにもしっくりこなかったのである。
源氏名はキラキラし過ぎず、でも個性のある名前にしたかったので、ツバキにした。
(あとお花や植物が好きなので)
ツバキと田中
偶然にも生まれた個性と没個性の組み合わせのこのミスマッチ感にくらくらする。
"田中"の話を教えてくれた同業女性がこう続けた。
「WBCで話題の頃は田中の次に"大谷さん"がめっちゃ来たよ」
なんとまぁ大きく出たなぁ、と思う。
仮に風俗だとしても、
僕は"大谷"を名乗れない。
むしろ普段の自分を忘れられる非日常な世界だからこそ、大谷になりたかったのだろうか。気になる。
その後、お客さんと一緒にエステへ行くことになって、またフルネームを書かなければならなくなった。
もう"田中つばき"はやめていて、なんとか知恵を振り絞って、いやセンスを出したくて「柊つばき」と書いた。
自分的に「これは!」と思った。
「柊椿」だとキヘンが多くてどこか違うが、
「柊つばき」は……うん、良い。
収まりが、面構えが良い気がする。爪とか磨いちゃってぴかぴかしてそう。なんだかオシャレそうだ。
すると、エステティシャンの方から「宝塚みたい!!」「綺麗な名前ですね!芸名みたい」「親御さん、宝塚歌劇好きなんですかね?!」
と、あまりに名前を突っ込んで聞かれ過ぎてしまい、「あ、いや……」と気恥ずかしくなってしまって、す、すみません…おっしゃる通り芸名(源氏名)なんです……なんてとてもじゃないけど言えなくて愛想笑いしかできなかった。
そんなこんなで、幻の"柊つばき"はこの一回限りでお役目を終えた。
しっくりくる自分のフルネームを自分で決めるというのは案外とても難しい。
小説家はどうやって登場人物の名前を決めているんだろうと思う。
創作について聞かれたある小説家のインタビューを読んでいたら、ネーミングはやはり大事ですねと語っていた。
「しっくりくる名前さえ決まれば、あとはキャラが勝手に動き出してくれるんです」
痺れる。僕も勝手に動き出して、走り回りたい。
ちなみに紆余曲折を経て、最近になってやっと「河井つばき」に落ち着いた。
よく"可愛い"と言われることが多いので。椿の花を咲かせるにはお水も必要なので。
今では早くカルテにフルネームを書きたくてうずうずしている。やっとキャラが勝手に動き出してくれそうな気がする。
名付けに迷いに迷ったそんな僕が、これは一度聞いたら忘れられないなぁ痺れる!という名前を見つけた。それを最後に紹介して終わりたい。
『セックス・エデュケーション』という海外ドラマを見ていたら、「これは!!!!」という名前の女優さんがいた。
それは、こちらの方です。
こちらの女優さんの名前は……
ミミ・キーン
ミミ・キーン
ミミ・キーン
ミミ・キーン
ミミ・キーン
"田中とツバキ"より高低差のある名前に思わず痺れる。
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